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不条理と片足ニーソと花精霊記  作者: 山吹祥
第五話『花精霊具』

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三十三輪目「青バラの花精霊」

 鈴の音を鳴らしギルド職員を呼んだアイリスは、暫らく留守にすることを伝える。

 それからニーソを胸ポケットに詰め、遥か上空へ向けて飛び立った。


 向かう先は花精霊樹フロランソスの頂上。


 地上に咲く、総べての花が揃う花園。

 花精霊女王『クロリス』が住み、祈祷する領域。


天空の聖域アーツェルケー・フロリエ】だ。


「いやあ、アマナ一人楽させてもらって悪いね」


「ヒューマンの小指ほどの大きさの貴花の速さに合わせていたら時間が掛かって仕方ありません。明朝、エルフの王女がリーエンに来るため少しの時間も惜しいだけです」


 多忙なギルド長を三時間も待たせた挙げ句、我儘を言って付き合わせている自覚はニーソにもある。

 働き者のアイリスが不在になると知ったギルド職員の絶望顔にも心が痛んだ。


 ゆえにニーソは口を噤み、ただ縦に流れ行く景色を眺めることにした。




 ただただ沈黙の時間が過ぎ、行程の半分を越えたところでニーソはポツリと独り言を漏らす。


「――何も聞かないのかい?」


 ニーソは窺うようにアイリスの紫色の目を見る。すると、


「アマナという一人称・・・についてでしょうか」


「っ――」


「それとも寡黙だった貴花あなたが明るくにぎやかになったことでしょうか」


 当然のように言い当てたアイリスにニーソは驚愕し、


「キミは心の機微に疎かったはずなのにな」


 寂寥感せきりょうかんがニーソの胸に広がっていく。


「貴花が眠りに就いている千年間で、多くの者と接し学びました。ですから答えに予想は付きます。痛みも想像できます。貴花の傷に踏み込むことも容易いでしょう。ですが、聞いてどうします」


 会いたくなかった。

 自身の変貌を指摘されたくなかったから。


 会うのが怖かった。

 自分の知るアイリスが知らない何者かに変わっていたら嫌だったから。


 それなのにニーソは自ら聞いた。どうすることもできないのに。


「アイリスの言った通りだな……」


「ええ、聞いたとして私が貴花、旧友ニーソに抱く評価きもちに変わりはありません」


 ニーソは目を疑った。

 変わることのない表情のアイリスが、目尻を微かに下げていたからだ。


「アイリス、キミはいつだって厳しくて優しい。昔も今もキミの優雅さは唯一無二の色褪せることのない美だ」


「私はクロリス様の剣。色褪せてなどいられませんから」


(来てよかった)


 ニーソは心から安堵した。


「それにしても、まさかオア・レヒムが貴花の花紋を授かるとは。これも運命なのかもしれませんね」


「ん? オア君を知っているのかい?」


「小さくて守りたくなるいらしさがあるのに、いざという時に頼りになる勇気を持っている少年らしいですね」


「そうなんだよオア君はね、とてもあいらしいんだ! それにアイリスが言った通りで将来有望でもあるよ!」


「それは楽しみですね。千年の悲願が成されることを祈りましょう」


「ちなみにアイリスは相変わらずなのかい? 忙しいのは分かるけど、悲願成就を言うならキミも自分の【フラトリア】に関わってはどうだい?」


 現世にもアヤメ科の花紋が刻まれた子供はいる。

 でなければ、アイリスであっても例外なく『下界の楽園エデシア』で生活することができない。


 けれど、千年前から多忙を極めているアイリスは、同じアヤメ科の男性型花精霊『カキツバタ』に自身の【フラトリア】を預け運営を任せている。


下界の楽園エデシア』では珍しいケースだが、

 アヤメ科のアイリス属。アヤメ科のカキツバタ属など、【科】が同じであり尚且つ条件を満たせばステイタス更新も行えるゆえの例外だ。


「これは、ごく限られた花精霊しか知り得ませんが、私もヒューマンの女の子を一人だけ預かり育てておりますよ」


「ほふぇ~、あのキミがね……」


 ニーソは内心焦っている。

 まさかアイリスに子供がいるとは想像もしていなかった。


 さっき、調子に乗って余計なひと言を口走ったことを思い出したのだ。


(あれ、でも待てよ……? さっき運命がどうのこうのとか――)


 加えて、アイリスの目が陽気を表す橙色に変わったことでニーソの嫌な予感が止まらなくなった。


「貴花は自由奔放ではあるが口は堅い。旧友ですし、教えて差し上げても構いませんよ」


「だいじょ~ぶ! アマナは嬉々として秘密を探ったりしない。気にしないでくれ!」


 ニーソは全力で首を振る。


「残念なことに花紋はアヤメ科ではありませんでしたが、三年前に奇跡の花紋が刻まれ、余りにも稀有で強力な魔法を発現したこともあり、箝口令を敷くことになりました」


 ニーソの焦燥感が加速する。

 アイリスの目は増々濃い橙色となっていく。


「バラ科のバラ属。だというのに花精霊イバラとは異なる新たな花精霊の誕生。熟考の末、【イバラ・フラトリア】を隠れ蓑にし未公表としました。花精霊の名は――」


「聞きたくない~~!! 言わないでくれ~~!!」


「私と、貴花きみの仲じゃないですか」


「もぉ~、意地悪言ってごめんってばぁ!」


「ふふ――。名は【アプローズ】。バラ科ではあり得ないと言われた奇跡の色、青バラの花精霊。その契約者であり、私の一人娘がセフィ・アークシュ。確か、オア・レヒムが憧れている人物だと報告に上がっておりましたね」


「うっ…………わあぁ~~~~~~~~~~~~ンっ――――」


 悲痛な叫びがリーエンに降り注ぐ。

 聴こえる筈もない、届く筈もない声。


 けれどこの日、


 多くの人々が同時多発的に心を締め付けられたと噂になった。


 ▽▲▽


 冒険者ギルド一階。


「椅子の上で融けたりしないの、ロッシェ。そんな暇ないんだから」


「舎弟の件は悪かったニャ~、でもちょっとくらい休ませてほしいニャ~、メアリ~」


「それはいいの。それより聞いてロッシェ。アイリス様が暫らく不在にするってさっき班長が……」


 ギルド職員ロッシェは丸い目を大きく見開き、両耳を押さえた。


「聞こえないニャ」


「仕事というのはね、ロッシェ……手や頭を動かさないと終わらないものなのよ。終わらないとどうなるか? 次々と新しい仕事が増えていく。かと言って終わらせても増えていく。際限なく増える仕事を終わらせるにはどうするか? それは簡単なことで、終わるまで続ければいいだけ。これ、真理だからよく覚えておいて」


「当たり前のことを言うニャ~、聞こえないニャ、聞きたくないニャッ!!」


 目からハイライトを消したメアリが「はははは」と空笑いを浮かべながら羽ペンを動かす。


「余裕がありそうだから、これ追加な――」


 ――ドサッ。


 と。

 青白いよりも酷い、緑に近い顔をした班長が真理を証明する。

 ロッシェは顔いっぱいに絶望の色を染めた。


「これはニャに……かニャ? 班長、ミャアは王女様の件で手一杯ニャ?」


「五階層で新たに発見された未開拓領域の資料だ。犠牲になった若いパーティもいるから早急に纏めて【イバラ・フラトリア】へ調査依頼クエストを出してくれ。確か三日後なら大丈夫だったはずだ」


「無視ニャ? 舎弟が六階層で目撃したライラックロウも手付かずニャ? きっとホラや見間違いか何かニャ。ぽいしていいニャ? 働きすぎニャのかさっきから胸が痛いニャ」


「奇遇だな、ワシもさっきから胸が締め付けられている。で、ギルド予算数年相当の宝の情報を不意にする責任を負ってくれるなら認めよう」


「ニャら責任感のあるメアリに任せた方がいいニャ!! ミャアみたいな適当なやつに――」


 老齢の班長が手の平をかざしロッシェを遮る。


「メアリ・リーンはすでにお前の数倍仕事を抱えている」


 薄笑いを浮かべ壊れ掛けの同僚にロッシェは憐憫の眼差しを向けた。


「ニャ……」

 そして、か細い声で了承する。


 隠しきれなくなったギルド職員の過酷な労働環境。

 デスマーチを遠目に眺めていた冒険者達が、伝わる悲痛な思いに一斉に心臓を押さえた。



 その一方で。

 端の席でぎらつかせた目を見合わせた者達もいた。


「……おい聞いたか?」


「ああ、ライラックロウの噂は本当だったらしい」


「一攫千金の話が転がってきたな」


「だがどうやって……?」


 ヒューマンの男二人が、いかにも冒険者たらん粗暴な見た目をした男へ顔を向ける。


「確か、林檎に目がない王女様が来るらしいな。どうせ箱入りの世間知らずだ、適当にでっち上げて誘っちまえばこっちのもんだ」


「……団長、さすがにそれは不味くないですか?」


「別に害を加えるわけじゃねえ、ちょっくらダンジョンの観光案内をするだけだ。それに――」


 ヒューマンの男二人が緊張を孕んだ視線を向ける。


「本当に黄金の林檎が見つかれば王女様に恩も売れて、そのついでに一生遊んで暮らせる宝も手に入るんだ。やるしかないだろ」


 男達は生唾を呑み込むと、下卑た微笑みを浮かべ、ギルドを後にした。


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