三十一輪目「七色一角鴉」
「――はぁ、もう、まったくっ。まったくだよ、オア君! アマナに内緒事だなんて!」
「す、すみません」
「次から気を付けてくれたらいいさ! もう、まったく」
怒りの収まらないニーソ様は白光を点滅させ不満を訴える。
目が、とてもちかちかする。
「いいかい? 無茶と無謀は違うからね!? 追い付きたいからって無謀な真似はしないこと!!」
「……はい、約束します」
「よし! で、気になっていたんだけど――」
ニーソ様はさっき僕が差しだした水を竹ストローでチューっと吸い上げ喉を潤す。
「――ええっと……そうそう、逃げ足の速いオア君に傷を負わせたモンスターはどんなやつだったんだい? ダンジョンではそんな危ないやつが浅い階層で出るのかい?」
そのことで一つ思い出す。
僕は一声掛けてから、壊れた防具がまとめられた場所へ移動する。
中から羽衣だった布切れを取り出し、メアリお姉さんの前で膝を着き頭を下げる。
「ごめんなさい……唯一の形見をこんなにして……」
「オア君」
優し気な声が落ちてくる。
その声と同じ、優しい手付きでメアリお姉さんは僕の頭を撫でた。
「オア君、形あるものはいずれ消えてなくなる。今回は、オア君が無事に戻って来てくれた。私はそれで十分。きっと、おじいちゃんとおばあちゃんが守ってくれたんだよ。だから気にしないで」
五年前と同じだ。
メアリお姉さんも辛い筈なのに、微笑みを落とし、あやす様に僕の頭を撫で励ます。
僕はメアリお姉さんに甘えっぱなしだ。
「メアリお姉さん、ありがとうございます」
「うん! それよりほら、花精霊ニーソ様にお話してあげて。ダンジョンでの話は私もギルド職員として気になるし」
「その前に一つだけ、この羽衣はどうするんだい? もし二人がよければ、アマナに預けてみないかい? 過度な期待はしないでもらいたいけど考えがあるんだ」
「お預けは大丈夫ですけど、考え、ですか?」
「ああ、うん。今は言えないけど、悪いようにはしないよ」
気にはなるけど、僕とメアリお姉さんはそのままお願いすることに。
「ありがとう。当然、大切に扱うから安心してほしい」
「はい!」
話が逸れてしまったけど、メアリお姉さんも頷いたことで僕の話へと移行する。
五階層で油断したせいでコボルトに羽衣を破かれてしまい、その後、六対一を何度か繰り返す内に五階層を攻略したとさっと説明。
「初心者殺し、広大な五階層を夜のダンジョンで一人……しかも十日足らずで……」
「一人じゃないよ。初日に【オダマキ・フラトリア】のジョンさんが五階層の途中まで一緒だったし、地図だってあった、か、ら……――」
怒っている。怒りたいのを頑張って抑え込んでいる。
メアリお姉さんの眉尻や頬がヒクヒクと動いていることに気付いてしまった。
「いいから続けて」
「あ、はい。えっと、ちょっと覗くだけのつもりで六階層に下りたんだけど、そこで【七色一角鴉】を見つけて、追い掛けていたら今度は【黒小鬼】と遭遇して、命からがらどうにかこうにか……って感じ」
どうにか話し切ったが、ジロリとした視線のせいで僕の背中はぐっしょりだ。
「ブラックゴブリンかぁ。アマナの記憶が正しければ、あいつらは冒険者の真似して徒党を組めるくらいには狡賢かった筈だけど……オア君、キミよく無事だったね?」
三年前に僕とセフィさんを襲ったブラックゴブリンは、本来なら六階層から出現する。
ブラックゴブリンは最低三体のゴブリンを引き連れ、剣や槍、盾、弓矢を持たせ簡単な役割を与える。
尚且つ地形を利用して罠に嵌め奇襲する狡猾なモンスターだ。
万が一にもモンスターパーティ全体が武装していた場合は要注意だ。
ブラックゴブリン同士が徒党を組んでいる可能性が高く、その状態で罠に嵌まると抜けだ出すのは困難となる。
六階層に慣れたパーティでも全滅の危険があり、ソロはひとたまりもない。
駆け出し冒険者にとって脅威となるモンスターの一体がブラックゴブリンだと、三年前にメアリお姉さんから叩き込まれた。
今回僕が逃げ果せたのは、曲がり角でバッタリ遭遇、からの一目散に撤退を選択したからだ。
ライラックロウに目がくらみ欲をかいた結果、警戒を怠り窮地に陥った。
傷だけで済んだのは本当に運が良かった。
「けどさ、おかしくないかい? そもそもライラックロウはエルフの前にだけしか姿を見せない超が付く程の希少種だったと記憶している。現世では生態が変わったのか?」
カラス頭に生える一本角が七色に光る幻の鳥型モンスター。
警戒心が高く臆病な性格で、戦闘力も皆無のため滅多に表れない。
けれど、エルフ魔力が好物で、時おり現れてはこぼれ出る微かな魔力を吸引。
長い年月をかけて吸引された魔力は、一本角に蓄積され七色に光ると言われている。
撃破した場合のドロップ率は100パーセントらしいが……
エルフでも一生に一度遭遇できるかできないか。
現れても弓矢も届かない上空からけして降りてこない。
さらにはライラックロウの個体数も少ない。
ドロップする一本角は武器や防具に魔道具、薬などに使用できる良質な素材のため、希少性も相まって、想像も付かない値段で取引されるとか。
それらメアリお姉さんから教わった知識をニーソ様と擦り合わせる。
「ほえ~なるほどねぇ……でも、どうしてオア君の前に現れたんだろうね。実はエルフの末裔……じゃないね、間違いなく」
ニーソ様は僕の顔を見て断言した。
見目麗しいエルフと比べること自体おこがましいけど、ちょっと傷付いたな。
「花精霊ニーソ様、オア君のこの外跳ね可愛いとは思いませんか? 鳥の羽みたいで」
「ああ、臆病なカラスはオア君に仲間意識を? それとも脅威を抱かなかった? なるほど、その両方か!」
不条理で格好良い冒険者に憧れる僕としては、もっと傷付いた。
肩を落とす僕を見てニーソ様が慌てる。
「キミは可愛いから安心してくれ!」
と。
明後日の方を向いたフォローが僕の傷をさらに抉った。
「オア君は梟みたいで愛くるしいものね、分かる」
メアリお姉さんが傷口に指を突っ込む。僕はもう瀕死だ……。
「今日はなんか疲れちゃったなぁ。時間も遅いし泊まったらダメ? オア君。久しぶりにお姉さんと一緒に寝よ?」
久しぶりだし一緒に寝たい気持ちもあるけど、
「い、い、わ、け……ないだろ~~!!」
ニーソ様が認めてくれない。
それに、ギルド職員のロッシェさんが「どれだけ遅くなってもいいニャ、でも必ず戻るように伝えてほしいニャ」とか言っていた。
「メアリお姉さん、ギルドのお仕事は大丈夫なの?」
「大丈夫よ。申請はしたもの」
「戻らないとクビになるとかロッシェさんが……」
そう言って脅せと涙目に叫んでいた。
「その時はその時よ。私はオア君に養ってもらう覚悟で来ているから安心して」
「ははは、メアリお姉さんも冗談とか言うようになったんだね」
「は?」
「へ?」
まさか冗談じゃない? でも養えないよ?
その日暮らしでカツカツな収入で、どうやって高給取りのメアリお姉さんを養えと?
「それに、ここなら鳥を飼っても大丈夫そうだし」
「ぶぅ……アマナは絶対に認めないからなぁ?」
「ご安心下さい、花精霊ニーソ様。私、こう見えて尽くしたがりなので誠心誠意ご奉仕いたしますよ」
「ほほーん、誠心誠意とな?」
おっと、ニーソ様が揺れている。
『ご奉仕』は自傷引き籠りのニーソ様にとって魅力的だったようだ。
「でも、メアリお姉さん。ここもギルド所有の建物だけど大丈夫なの? 罰則金とか発生したりしない? お金ないよ、僕」
「そういえばそうだったね。綺麗なお部屋だから……――」
メアリお姉さんが訝し気な顔で部屋を見まわす。
「――今さらだけど、ロッシェが管理していた割には随分と綺麗ね? 物も揃っているみたいだし」
「綺麗にしたんだよ。初めは酷い有り様で、もはや野宿に近い状態だったさ」
「……花精霊ニーソ様。その話、詳しくお願いします」
メアリお姉さんは目をスンとさせ、居住まいを直した。
それから、ニーソ様が初日の様子をぶちまけた。
「ギルドの不手際、大変失礼いたしました。花精霊ニーソ様。オア・レヒム氏。建物管理していた者や周辺住人への聞き取り、調査した後、事実確認が取れたあかつきには改めて謝罪に伺います」
「純白無垢な花精霊のアマナを疑おうってのかい」
「滅相もございません。組織とは面倒なものである。そうご理解いただけると幸いです。ですが、ギルドからの信頼も厚い花精霊オダマキ様が当時の状況を見ているとのことなので、数日中に必ずや――」
大人二人が繰り広げる舌戦。応酬。
僕が二人の顔を交互に見ている間に交渉が進んでいく――。
「今日はご馳走様でした。私はギルドに戻りますね」
足早にメアリお姉さんが退出すると、ニーソ様は誇らしげにニイッと歯を光らせた。
「勝ち取ってやったぜ! これで暫らくは美味しい物を食べられるだけの余裕が生まれたね!」
【オダマキ・フラトリア】が担った修理・修繕や家具等に関わる借金、それらの大部分をギルドが負担すると、ものの数分で決まったのだ。
「すみません、全部任せてしまって」
「いいさ、いいさ! 【フラトリア】というのは助け合いだからね。それに強請る……駄々を捏ねる……あ、交渉事! そう、交渉事はアマナの得意分野だ! だてに引き籠りは長くないよ」
純白無垢……? うん、考えてはダメだ。
疑問を持つな、僕。
陽気に鼻歌を口遊むニーソ様に水を差してはダメだ。
僕は気の利く大人だからね。




