三輪目「ナイフの方が格好いいと思ったから……」
『――ギギャギャッ』
ゴブリンだ。
他にも複数の楽しそうに笑う声が聞こえてくる。
追い詰めた事を理解しているのかもしれない。
けど、煙が晴れ僕らの姿が見えないと分かると剣呑な声が混じり始める。
一番遠い位置で『ギギャギャッ!』と叫び、何か指示を出す黒いゴブリン。
散り散りに別れ、辺りを見渡し僕らを探すゴブリン。
尖った石が付いた粗末な石槍で壁を叩き、音を響かせながら壁伝いに歩くゴブリン。
段々と音が近付く。もう猶予はない。
彼女は……今も苦痛に耐えている。
状況は逼迫している。
一秒が途方もない長さに感じる中、いよいよ。
『ギャギャッ!』
石槍を持つ一体のゴブリンに見つかった。
「う、ワアァァーーーッ!!」
僕は勢いのままに飛び出し、ギルドから支給されたナイフをゴブリンに突き刺し体当たりする。
ステイタスを得ない身でも、不意をつけば子供くらいの大きさのゴブリンを押し倒すことはできる。
現に思惑通りとなったが、
「クソッ――」
(ナイフが抜けない!!)
僕は早々にナイフを諦め、代わりにゴブリンが手放した粗末な石槍を拾う。
転がされたゴブリンは、仲間から指を差され笑われていた。
それに腹を立てたのか『ギギャー!!』と、耳障りな叫び声を上げ刺さっているナイフを引き抜き、視線を彷徨わせた。
「僕はこっちだ!!!!」
僅かでも時間を稼ぐため、僕は彼女と離れた位置までゴブリンを引き付ける。
壁を背にした僕は憤怒の形相をしたゴブリンと武器を向け合う。
他のゴブリンは対峙する僕らの周りに囲みを作り始めている。
(怖い……でも――)
生か死か。
天秤がどちらに傾くかは彼女に懸かっている。だから、
(生きるために少しでも時間を稼ぐんだ!!)
けれど、扱った経験などない僕が適当に振り回す槍捌きは拙いどころではない。
牽制にもならず、囲いは徐々に狭まっていく。
「う……ウオオォォォォォォォォォォォッッッッッッ!」
威嚇のつもりであげた必死の雄叫びだったが、効果はみられずそれどころか、呆れた様子で『――ギギャ』と、黒いゴブリンに嘆息させた。
一斉に向けられる剣と槍。
目の前でナイフを構えるゴブリンは嬉々とした表情だ。
この結果をみるに、僕の威嚇は寿命を縮めるものになったらしい。
こんな惨めなことになるなら、槍と威嚇の仕方を習っておくんだった。
もう駄目かもしれない。
絶望の沁みが心に広がりかけたが、僕の耳に届いた音が、声が、歌が――
槍を握る手に力を籠めさせた。
「詠唱う――【果て無き夢。希望は土壌。命生み出す神秘への挑戦】――」
湾曲した剣、サーベルを抜いた彼女が歪みから姿を現し、尚紡ぐ。
「――【埋まらぬ空白。届かぬ願い。空花に憑かれた霞みの日々。ああ、またも目眩に襲われる】――」
黒いゴブリンの指示により、僕を囲う内の大半が彼女へ流れるが――させない!!!!
「ハアッ!!!!」
僕から視線を逸らしたゴブリンに槍で横殴りする。
その勢いに任せて黒いゴブリンへ向かうが、他のゴブリンが立ちはだかる。
即座に作られた囲み。
絶体絶命の窮地だ。
僕へ向け振り上げられた剣や槍が、やけにゆっくりした動作に見えた。
(ああ、きっと死がそこにいるんだ――)
もしも。
彼女の詠唱が間に合わなければ、僕の命は瞬きの間に刈り取られているだろう。
「――【積もる失敗。募る思い。継承されし研鑽。千年の時を経て、努力が奇跡を結ぶ。不可能を覆し祝福がいま】――」
けれど、今、詠唱が完成する。
「――【空花顕現】」
全身にウィスタリア色を輝かせ神秘的な雰囲気を纏う彼女が二人。
死が目の前にまで迫っていたことすら忘れた。
「きれい」僕がそんな場違いな感想を漏らすと二人の彼女は同時に消えた。
そして瞬きの後には異なる場所に現れ、縦や横に両断されたゴブリンとウィスタリア色の残光を置いては、幻のように揺れ姿を消す。
また別の場所に現れては、次々にゴブリンを屠っていく。
最後に残った一体、仲間を盾にしていた黒いゴブリンは、僕がウィスタリア色の閃光の軌跡を知覚したと同時に魔種へと姿を変えていた。
「す……すごい」
ナイフを拾ってくれた二人の彼女は、腰を抜かしてしまった僕を挟む形で抱き起こしてくれる。
「キミのおかげで助かった。ありがとう」
「いえ、僕の方こそ! ナイフもありがとうございます! その、すごく綺麗で格好良かったです!!」
「うん。キミもすごく格好良かったよ」
「っ――」
両側にある美しい顔が向ける可憐な微笑みで、僕は顔を燃え上がらせてしまった。
「けど、支給されたスコップをナイフと呼ぶのは止めた方がいいと思う」
情けなさから今度は違った意味で燃えてしまった。
「――帰ろっか」
「……はい!」
地上までの帰路は一人の彼女が僕を護り、もう一人の彼女がモンスターを屠る。
どちらが本物か。どちらが幻か。
分からないけど肩に掛かる縹色の髪をなびかせ、ウィスタリア色を走らせる彼女がとても美しくて凛々しい、不条理な冒険者ということは理解できた。
(いつか、彼女と一緒に冒険がしたい)
もっと彼女を知りたい。純粋にそう思った。心の底から込み上げてきた気がした。
「あの、どうして冒険者を目指したのか聞いてもいいですか?」
「――冒険者になるべき。そう感じたから、かな?」
なにその返答。カッコいい。僕は心のメモ帳にそっと記した。
「私からも質問――」
「あ、はい。なんでしょう?」
「今さらだけどキミの名前は?」
「綺麗な湖畔のあるレヒムから来たオア・レヒムです。歳は十二で、えっと……?」
「オアね。私はセフィ・アークシュ。歳は十五だからオアの三つ上のお姉さん」
どこかあどけなさが残る顔。
僕と変わらない背丈。
同じ年頃に見えていたけどお姉さんだったのか。
「アークシュさんですね」
「セフィでいいよ」
「え、でも――」
「一緒に冒険して運命を共にした。それに私はオアをオアって呼びたい。だから、ね?」
街を護る冒険者様だとか、年上お姉さんだとかとか。
そんな考えをいともたやすく吹き飛ばす。
「セフィ……さん?」
「ん」
セフィ……さんは満足そうに目を柔らかくさせた。
「オアはどうして冒険者を目指すの?」
「えっと、理由はいろいろあるんですが、昔いた英雄みたいに空も飛べる不条理な冒険者になれたら格好いいなって」
「不条、理? よく分からないけど、空を飛べた英雄もいたんだね、知らなかった」
「おばあちゃ……祖母の育った村に伝わる歌に出てくる英雄みたいです」
「そっか。地上、見えてきちゃった――」
隣を歩くセフィさんが呟くと同時に、先行していたセフィさんが空気に溶けるように姿を消す。
一体どういう魔法なのだろうか。
抱き起してもらった時、二人から尋常じゃないくらいの良い匂いを感じた。
まるで両方が本物のような。
「オアが冒険者になったら、私とデートしてくれる?」
「ファッ!? デートッ!??」
「そ、冒険」
「冒険のことかあ……」
そう言えばおばあちゃんも狩りに出る時によく「デートに行きますよ」と、おじいちゃんを誘っていたなあ。
「オアとなら、いい冒険になる予感がするんだけど……ダメ?」
「!? い、嫌だなんてとんでもない!! 僕の方がお願いしたいくらいです!!!!」
「よかった。オアが冒険者になって、いつか空を飛べるようなれたら、私も一緒に空へ連れていってくれる?」
「ぼ、僕でよければ約束します!!」
「うん、こっちも約束」
「はいっ!」
初めてのダンジョン進攻。
騙され、命の危機にもあった。
でもセフィさんと出会い、逃げまどい、冒険して――――
最後は笑顔で約束を交わし、地上へと帰還した。
はじめまして。山吹です。
数ある作品の中で本作を見つけ、ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
プロローグ的な第一話でした。
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