二十八輪目「黄金の林檎」
アカデメイアの森。
上古のエルフが住まう地であり、五氏族の王族が治めている森だ。
筆頭氏族の『アーカ族』からは、過去に多くの賢人が輩出されている。
その内の一人に【五大花精霊】となったアーカ族出身のハイエルフがおり、『下界の楽園』に多大な恩恵をもたらしてきた。
そのアーカ族の末裔。
第六王女が【黄金の林檎】を探しにリーエンにやって来る。
医療系最大派閥【コンミフォアラ・フラトリア】。
エルフの団長ヴァルル・リュケよりつい先日もたらされた情報で、冒険者ギルドから暇という概念が消え失せた。
冒険者や依頼者の応対。換金作業などの日常業務に加え、警備手配や関係各所への伝達やらで、連日多忙を極めている。
万が一の粗相があってはならない。
最悪の場合、全エルフがリーエンと敵対する可能性が生まれてしまうため、ギルド職員は昼夜問わず冒険者から見えない裏側で駆けずり回る日々が続いていた。
だが、そんな火を吹くような多忙な日々も一段落ついたことで、無駄話できる隙間時間がようやく発生した。
「ニャア~……こんなこと言いたくニャいけど、もっと早くに教えてもらいたかったニャ」
ギルド職員、猫人族のロッシェ・コーナッツがカウンターに体を融かした。
「だねー(カリカリカリ)」
「こういうのってニャ? 普通年単位で準備するものニャ。ニャのに準備期間がたったの二十日って、ブラックもいいとこニャ!」
ロッシェはカウンターを叩き、青鈍色の尾をピンとさせた。
「だねー(カリカリカリ。カリカリカリ)」
「お転婆なお姫様にも困ったものニャ!」
「おい、コーナッツ。声を落とせ」
注意を送る班長に、ロッシェは素直な返事を戻す。
「ニャ~い」
「だねー(カリカリカリ。カリカリカリ。カリカリカリ)」
「てかにゃ、メアリさっきからどうしたニャ?」
同じ言葉を繰り返し、壊れた音声機となったメアリ・リーンにロッシェが首を傾げた。
周囲にいる他の職員も、メアリのおかしな様子に注目している。
「だねー」
カリカリカリ。カリカリカリ。カリカリカリ。カリカリカリ。
メアリは一心不乱に羽ペンで書類に書き綴る。
花墨を付けては書き綴る。
適当な相槌をして、ひたすら繰り返している。
「だねー」
カリカリカリ。カリカリカリ。カリカリカリ。カリカリカリ。カリカリカリ――。
「弟くん成分が不足してとうとう壊れたニャ?」
「だ、ね……おとう、と――?」
ここでようやく羽ペンが止まった。
するとメアリは顔を上げ、書類の束に手を伸ばした。
「ロッシェ、これ」
「何ニャ?」
「アーカ族の第六王女様が取られる可能性とその不測事態においての対処法を考えられるだけまとめたから。関係各所への手配も済んでいるから班長に確認しておいて」
「えー、ニャにニャに……間違いなく脱走を試みるだろうから護衛は多めに……って! ニャにこれ!? ギルドにそんな余裕ないニャ!? それにビッシリニャッ!? 思い付くことニャのに不測事態ってなんニャ!?」
「頼んだわよ」
「班長ニャらそこにいるニャ、自分で――」
老齢のヒューマンの男が脂汗を流しながら首を振る。
長机には書類が山のように積み上がっている。
「ロッシェ、今日オア君はダンジョンにいないんだよね?」
「ニャ~? そうニャ。舎弟なら朝方ダンジョンから戻ったみたいニャ」
「あさがた~?」
メアリの瞼がヒクヒクと痙攣する。
「……私は担当冒険者の面談巡回に出て直帰します。じゃ、お疲れさまでした――」
メアリは勢いよく立ち上がった。
「ま、待て! そんな勝手は許さん!!」
班長も負けずと立ち上がった。拍子で書類の雪崩が起きる。
「三日前に申請して、班長の印もいただいておりますので」
「!?」
班長そして事態を見守る職員は一斉に、雪崩で埋もれた場所へ視線を向けた。
「ま、待てリーン! 弟のところか!? そうなんだな!?? 身内とはいえ、不必要な親睦は許さんぞ!!」
「そうニャ、メアリ。落ち着くニャ! クビになっちゃうニャ!!」
「弟に会いに行くだけです!! それでクビになるならして下さいっっ!!!!」
普段冷静なメアリが声を荒げ叫んだ。
余りの迫力に気圧された班長、職員たちは有能なメアリが出ていく姿を見送ることしかできなかった。
(規則がなんだ! クビがなんだ! クビになったら養ってもらうんだからっっ!!)
「――オア君のバカ!! 私のバカッ!!!!」
会いに来ないオアへの怒り。
会うことを避けているオアへの怒り。
ユリ科の花紋を刻まれたことで、一人傷付いているだろう弟を放置した自分自身への怒り。
爆発したメアリは肩を揺らし、激しい音を立てながら【ニーソ・フラトリア】のホームへ向かったのだ。
次話でいよいよオアに発現したスキルが明らかに……!?




