二十六輪目「帰宅」
「ククククッ――。長短の針を操り、刻み知らせるマジックアイテムを授けよう――」
花精霊オダマキが【ニーソ・フラトリア】のホームに置いていった、何の変哲もない壁掛け時計。
花精霊ニーソは何度目になるかわからない確認をする。
針が示す時刻は朝の四時。
(オア君は一体どこまで串焼きを買いに行ったんだ……!)
部屋の中を旋廻しては、扉窓や小窓を覗き込む。
オアの姿どころか人影一つ見えない。
見えるのは覆われた夜のとばりだけ。
十八時、二十時、二十一時と、変わらない静寂。
日を越えてなお帰らないオアに、ニーソは一晩中落胆と心配を繰り返していた。
(まさかアマナに愛想を尽かして出ていった……?)
初夜の記念に取ってある蔓の布団。
翌日には、ヒューマンと花精霊それぞれの寝具がホームへ運び込まれたため、蔓布団を使用したのは初日だけである。
大事に取ってある蔓布団に座るニーソだったが、去来した後ろ向きな考えを否定するように、かぶりを振る。
(あの子はそんなことしない。だとしても、あの子は無断でいなくなったりしない)
年齢より幼い精神性を持っている。
千年前のあの子と同じ、厨二病ってやつだ。
元から植えられていた病の種。それを花精霊オダマキが開花させた。
(……たく、余計なことを、じゃなくて!)
育ての親がよかったのだろう、子供らしからぬ礼儀正しさをオアは身に付けている。
(いくらユリ科のアマナが『下界の楽園』で嫌われていようとも……)
挨拶なしに出ていったりはしない。
出会って十日もない短い期間だけど、ニーソはオアが清く真面目な魂の持ち主だと十全に理解していた。
(――となると)
何か事故や事件に巻き込まれた可能性。
冒険者になってから溜め込み続けた種石を持っていた。
それなりの金額となるから、喝上げにでも遭っているのでないだろうか。
良くない考えに至ったニーソの額から嫌な汗が噴き出した。
(こうしちゃいられない)
千年前から自他ともに認める引き籠り花精霊だけど、子供の窮地にジッとしていられる程怠惰でもない。
ニーソはオアを探しに行くと決める。
この瞬間、ホームを得て初めて扉窓から外へ飛び出したが、
「へびゅっし」
出鼻を挫かれる。
「いっ……タアァ~~~~~~イッ――!!」
打ち付けた鼻を押さえフラフラと蛇行軌道で降下するニーソ。
外は怖い、危ない世界だ。
千年前と何も変わらない。痛みの余り、再認識したニーソだったが、
「ニーソ様……? 痛かったですよね、ごめんなさい……」
撃墜されたニーソを手の平で掬う優しさ。
頭上から降り注ぐ弱々しい声。
これにニーソは一気に飛翔した。
「オ……オア君ッ!??」
「はい、ニーソ様」
「き、キミは一体どこまで串焼きを……っ――」
変わり果てたオアの姿を見て絶句するニーソ。
オアの頭から爪先、全身が土や血で塗れていた。
胸の革防具は傷だらけで、肩紐が切られ落ち掛けており防具の体を成していない。
防具の下に着る質素な服は上下ともに損傷しており、胸部も含め其処彼処から傷や赤黒い血の塊を覗かせていた。
「……その傷はどうしたんだい? まさか夜のダンジョンにでも行っていたのかい?」
オアはバツが悪そうに苦笑する。
「はい……ダンジョンに行っていました」
ニーソは唖然とした。そのまさかだった。
いや、気付いていた。
爪で裂かれたような三本線の傷跡。
パンパンに膨れたバックパックから覗き見える魔種や、布を突き破り飛び出る鋭利な爪が物語っていたからだ。
「夜のダンジョンに一人で一晩中……キミは死にたいのかい!? オダマキから聞いたけど、夜のダンジョンはモンスターの出現率が高くなる。それは現世での常識で、ソロの駆け出し冒険者が潜るのは命知らずで愚の骨頂なんだろ!? どうしてそんな無茶をしたんだい!?? 」
「……ごめんなさい」
「違う! 謝ってほしいわけじゃない、アマナは理由を尋いているんだ!! どうしてそんな、らしくない自暴自棄のような真似を?」
オアは唇の端を噛み締め、静かに首を振った。
「っ――。オア君、心配からつい声を荒げてしまったけどアマナはただ、今も言った通り心配をしているだけなんだよ。理由を、教えてはくれないかい?」
優しい声色で諭すニーソだが、オアの態度は変わらず。
「ふー……そうか、分かったよ。キミはあの子と同じで頑固だね……。とりあえず中に入ろう。汚れを落とし、傷の手当てをして落ち着いてから話をしよう」
「……はい。ありがとうございます」
ようやく目を合わせてくれたことで、ニーソはどこか胸をほっとさせた。
「何はともあれ、おかえり。オア君」
「はい……ただいま帰りました、ニーソ様!!」
「? 急に元気だね? でも、キミは傷だらけなんだから無茶はダメだよ。アマナがシャワー室まで誘導してあげるからついておいで」
ニーソが開いた玄関扉を越え、オアは帰宅を果たした。
どこか様子のおかしいオアに疑問を覚えたニーソだったが、片足を引き摺るオアを見て先を急ぐ。
「着替えやタオルはアマナが用意しておこう。沁みるだろうけど、傷口はしっかり洗うんだ、いいね? 分かったかい?」
「何からなにまでありがとうございます」
「これくらい大したことないよ。昔のアマナだったら……」
「ニーソ様?」
「なんでもない。アマナのことは気にせずオア君は行った、行った!!」
ニーソはオアの背中を押し、シャワー室へ放り入れた。
するとすぐに『いっツ~~っ』と、オアの悲痛な声が響く。
「やれやれ、オア君は。アマナの体が昔くらい大きかったら、優しく背中も流せたし……肩も貸せたのにな。あの子にしてあげたように――」
ニーソは自身の寝具に置かれた日記帳を見る。
それから、再び叫ぶオアのためにせっせと着替えやらの準備を進めた。




