二十五輪目「本能」
セフィ・アークシュさんと冒険をした場所。
ゴブリンとコボルトから逃げ出した場所。
五階層にある一本路を抜けた先に広がる半円型の空間。
ゴブリンが三体、コボルトが三体。
六対一という危険な状況を敢えて待つ。
油断すれば死。
嫌でも緊張を強いられる。
でも、昨日逃げ出したこの場所から始める、僕はそう決めた――――。
倒した分だけ産まれてきたゴブリンらだったが、インターバルが訪れた。
倒したゴブリンを十体までは数え、コボルトも同じだけ数えた。
切りがないから、それ以上は数えるのを止めた。
辺りに散らばる魔種やその欠片たち。
壁や天井から生える花『オミッサ』から降り注ぐ薄赤色の燐光が反射して光り、場所を教えてくれる。
戦闘基本となる一対一の状況を整えず、多数対一の不利な戦闘を待つ。
もしも他の冒険者に今の状況を見られたら、「バカ」や「阿呆」「変態」「自殺志願者」と笑われるだろうか。
逆の立場なら、そんな命知らずなバカと関わるのは御免と考えて、僕はそっと離れたと思う。
今の内に魔種を収拾しておこうと足元に転がる欠片へ手を伸ばした時『パキン』と、インターバルの終わりを告げる音が頭上から降り注いだ。
パキン、パキン、パキン――
次々に種が割れたような音が計六回。
待ち望んでいた状況が、ようやく来たようだ。
刃長15cのスコップを握る五指に力を籠める。
ジョンさんから頂いたナイフは使わない。
ここを乗り越えてからだ。
速く鼓動する心臓の音が頭に響く。
抑え込むようにすぅぅっ――と深呼吸。
剥き出しの長爪、赤黒く光らせた眼光が僕へ向く。
『『『ギギャッ――!!!』』』
『『『ギシャァツ――!!!』』』
「ウオオォォォォォォォォォォォォッッッッッッ!!!!」
怪物の遠吠えを合図に僕は思い切り地を蹴り、群れへ突貫した。
『ギッ』先頭にいたコボルトの喉を裂く。
短い遺言を吐き、地面に抱擁へ向かうコボルト。
その後ろにいた二体目には渾身の体当たりをかまし、三体目と共に吹き飛ばす。
「シッ!」
横合いからゴブリンの爪撃が届く前に喉を裂いた。
二体目を殴りつけ、三体目の爪撃をスコップで去なし、眼球に突き刺し抉り取る。
振り向き様に、立ちあがったコボルト目掛けて抉った眼球を投擲。
最後のゴブリンの首にスコップを突き刺す。
(あとはコボルトが二体――!!)
血で視界を奪われ目元を乱暴に拭ったコボルトと、遅れて立ち上がったコボルトと対峙する。
『『ギ、ギシャァ――!!』』
二体同時に飛び掛かってくるコボルトだが、攻撃はバラバラだ。
知能が低いコボルトには連携の概念などない。
回避に徹すれば避けるのは容易い。
隙を見て、心臓へスコップを突き刺す。
『グ、ギャ……』犬頭の口から血を吐き出し絶命する。
(残り一体――クッ!?)
コボルトの意地なのだろうか、すぐには灰化せず地面へと倒れ込む拍子でスコップを持っていかれてしまった。
これでは三年前と同じだ。
『ギシャッーー!!』
「!? くっ――」
最後のコボルトも全力だ、ここぞとばかりに鋭利な長爪を振り下ろす。
それをバックステップで避け、既の所で回避が叶った、けど――
(クソッ!)
おじいちゃんとおばあちゃんの形見の羽衣が悲しい音を立て、引き裂かれてしまった。
今日はダンジョンに潜る予定ではなかった。
だから羽織ってきてしまった。
カラン。
意地で転がっていたコボルトが灰化したことで、スコップが自由となった。
すぐさまスコップへ飛び付く。
コボルトもまた、僕へ凶爪を向ける。
『ギシャァツ――!!』
「オオォォォォォォォォォォォッッッッッッ!!!!!!」
僕を殺そうとする刺突を避け、勢いのまま心臓へ一突き。
そして一捻り。
『ギ……』
今度はすぐに灰化。魔種が地面へと落ちる。
「はぁ、はぁ……勝った――」
インターバルを挟んだとはいえ連戦からの六対一。
さすがに疲れた。掠り傷一つとない。無傷で生き残った。
駆け出し冒険者としては上出来だろう。
乱れた呼吸を整えつつスコップを革嚢へ。
ビリビリに破けた羽衣を脱ぐ。
「ごめんなさい――」
おじいちゃん。おばあちゃん。メアリお姉さん。
大切に折り畳み、戦闘の邪魔にならない至ってシンプルな作りのバックパックへ入れる。
ダンジョンが静寂を保っている間に、今度こそ魔種を収拾することを決めて下へ向く。
最後のコボルトは魔種の塊を落としてくれたよう、だ――んんん? 爪?
灰の山から覗かせる鋭利な突起物を拾い出す。
初めてみたけど、どうやら『ドロップアイテム』を残してくれたみたいだ。
灰化したモンスターは稀に体の一部を残すことがある。
灰化しない理由は解明されていないらしいけど、残される部位は特に異常発達していることが多い。
栄養が偏った結果、その部位が原型を留めるだけの力が残されているのではないかと仮説が立っている。
そしてドロップアイテムも当然に換金できる。
しかも、武器やマジックアイテムの材料にもなるから、魔種よりも換金率がいい。
コボルトの爪をぼろ布で包み収納。
残りの魔種や欠片たちを収拾する――――。
結構、時間が掛かったな。
サポーターがいれば冒険者は戦闘に専念できるけど、生憎と僕は一人だから兼任するしかない。
「今何時だろう……」
夜なのか朝なのか。外と違い、当然に太陽がない。
代わりとして常に、地下に咲く花『オミッサ』が薄赤色の燐光で闇を照らすため、ダンジョンにいると時間の感覚が狂ってしまう。
二度目のインターバルのおかげで体力は問題ない。まだ戦える。
けど、バックパックが中々の重さになっていて戦闘の邪魔だ。
それに、何も言わずダンジョンに来たから、ニーソ様が心配しているかもしれない。
怒られるのは覚悟しよう。
けど、怒った顔でもいいから「おかえり」と出迎えてもらいたい。
(……帰ろう)
無性にニーソ様に会いたくなった。
静かになった半円型の空間を後にし、一本路へ足を踏み入れる。
パキン。
パキン――パキン。
後ろから音が響く。
振り返るとゴブリンが三体産まれていた。
パキン。
パキン――パキン。
顔を前に戻すと、コボルトが産まれていた。
計六体のモンスターが一体、また一体と一本路へ侵入してくる。
挟撃。
塞がれた進路と退路。
この窮地に早急に手を打たなければ、前から後ろから凶爪の餌食となる。
今日僕は夢ができた。
メアリお姉さんに謝っていない。
【オダマキ・フラトリア】のみんな、ジョンさんやサラさんとの仲直りだって。
セフィさんとの約束だって叶えていない。
こんな所で死ぬわけにいかない。
ニーソ様を眠らせるわけにいかない。
ニーソ様を知りたい。あなたが綺麗に咲く姿を見たい。悲しませたくない。だから――――
(僕は帰りたい)
冒険するごとに、理不尽に負けない強さを手に入れて。
ニーソ様の元へ――――僕は帰るんだ!!!!!!
バックパックを下ろし、スコップを引き抜く。そして。
威嚇の声を上げるモンスター達に負けない声を張り上げ、命懸けの戦闘へ身を投じた。




