二十四輪目「冒険者オア・レヒム」
「っ――!?」
堪らず彼へ顔を向けた。
だが、彼はすでに走りだしており、辛うじて見えたのは上がった口角だけだった。
(くそ、やられた)
内心で舌打ち。
それから彼の後に続き、綺麗に舗装された石畳みを蹴る。
不意を突かれた始まり。
僕が駆け出す頃には、彼は10m地点を過ぎていた。
けれど、その距離は瞬く間に埋まる。
僕が先に30m地点を越え、そのままアンの元へ呼吸も乱さず到着する。
それから数秒遅れて彼も到着し、勢いのまま石畳へ身を放り投げた。
「おめでとうございます。本日もオアお兄様の勝利ですね。しかも圧倒的に」
甘えん坊のアンが、いつものように頭を差し出してくる。
手入れされた撫で心地の良い頭を撫でると、アンは上機嫌に喉を鳴らす。
「ふふふっ」と声を弾ませるアンとは反対に僕は奥歯を噛んでいた。
もしもステイタスを得る前だったら。
もしも彼もステイタスを得ていたら。
負けていたのは僕の方だった。
(そもそも彼はどうして知っている?)
未だあえぐように呼吸する彼は、硬い石畳みへ「クソッ」と手を叩きつけた。
彼が作る表情や握りこぶし。
ぜー、ぜーっと乱す呼吸で、彼が全力で走ったことなど一目瞭然だ。
集中を乱した僕は果たして、全力を出し切れたのだろうか。
不甲斐なさから掛ける言葉が見つからない。
「さすがの兄さんもあれだけの差をつけられたら負けを認めざるを得ませんね」
アンは屈み、横たわる彼の頬をつつく。
彼は鬱陶しそうにその手を払い除けた。
「かわいくないお兄様」
「うるせっ!!」
「オアお兄様、アンは仕事へ戻らないとなりません。大変心苦しいのですが、この愚兄をお願いできますか?」
「うん……干物屋の主人によろしくね」
「はいっ」
アンはエプロンの裾を抓み上げ、酒場街の方角へ去って行く。
「君はいかなくていいの?」
そう声を掛けると、彼は上半身の弾性を器用に扱い飛び起きた。
「俺の負けだッッ!!」
「もしも君がステイタスを得ていたら、結果は逆だったと思うよ」
「んなの関係ねぇーっ!! 負けは負けだ!!」
初めて負けを認めてくれた。けど、今度は僕が勝利を認めたくない。
「……それより、僕の花紋知っていたんだね?」
「リーンさんからな……」
メアリお姉さんは干物屋の常連でもあるから、その時にでも聞いたのだろう。
「つかなんだよ! お前もリーンさんも花紋一つでクヨクヨと!! オアがずっと望んでいたことじゃねーのかよ!?」
力強く睨み上げる彼から堪らず目を逸らしてしまった。
「き……君も知っているでしょ? ダンジョンを造る【名も無き忘却の巨人】に付き従う花妖精が――」
「だから関係ねーだろ!? オアとニーソ様が何かしたわけじゃない! 俺とアンから父ちゃんと母ちゃんを奪ったのは、オアとニーソ様じゃねー! ダンジョンだッッ!!」
双子の親は両親ともに冒険者だった。ダンジョン攻略を切に願っていた。
けれど、ダンジョンから戻ることはなかった。
「それなのにクヨクヨと……」
目に一杯の水を溜めながらも、彼は歯を食いしばり耐えている。
「アンが笑えてんのはオアのおかげだ。俺とアンはオアのおかげで今生きてる!!」
双子の両親は、たった二人だけの【フラトリア】だった。
両親がダンジョンで散ると同時に花精霊様は眠りに就き、双子は住む家を無くした。
冒険者ギルドの手配で施設へ預けられた双子だったが、性質の悪い施設長にあたり追い出されることになった。
結果、ゴミを漁り、盗みを働く生活を余儀なくされた。
「クソッ――!! 言いたくねーけど……憧れなんだよ! 希望なんだよ!! 俺はッッ!!」
「あこがれ?」
「ああ……オアには負けたくない。オアより強くなりたい。絶対超えてみせる。オアが困ったら今度は俺が力になっから――」
彼は胸元から年季の入った革袋を取り出した。
この革袋は、元は僕のものだ。
街の清掃をしていたある日のこと。
懐に入れていたなけなしのお小遣いが入った革袋を、僕は彼から抜き取られた。
僕は必死に追い掛けて掴まえた。
彼ら双子の身の上話を聞いた。
双子を街の清掃に誘った。が、断られた。
その日は、なけなしのお小遣いを分けることを条件に盗みはしないと約束して別れた。
次に双子と遭遇した時、双子は相変わらずだった。
いや、前より目を濁らせていた。
もしもメアリお姉さんがいなかったら、僕も同じだったかもしれない。
そう考えたら放っておけなくて、メアリお姉さんが持たせてくれたお弁当を報酬に街の清掃に誘った。
別の日には体を洗ってあげた。
おさがりの服を譲った。街の人達へ一緒に頭を下げた。
メアリお姉さんの伝手で、大商店街通りの様々な店で手伝いして、余り物を恵んでもらう。
少しずつ、少しずつ目に光を灯らせ、アンが笑顔を浮かべる頃には街の住人とも打ち解け、双子は魚の干物屋で住み込みの仕事に有り付けた。
お祝いに何かを贈ろうとしたら、革袋がいいと言われたから望むままに贈った。
結果的に彼は、メアリお姉さんがこれまで育んできた恩恵を拝借した僕に恩を感じているのだ。
「――俺は、アン・リーラヤの兄『テカト・リーラヤ』だ!!」
長いこと知れなかった彼の名前。勝利の報酬だ。
「オア!! 俺とアンはそろそろ十歳だ。絶対に冒険者になってやる。そしたら仲間になってやる。だから――」
石畳みを叩き赤くなった手で、テカトは僕の胸を叩く。
何故だか、すごくジンとした。
「オアは今までみたいに笑って走り続けろよ! 夜の空に浮かぶ星みたいに輝いて、笑って俺たちを救ってくれた時みたいに照らしてくれよ!! その辺の声になんて負けんじゃねー!! 俺に、俺に…………負けんじゃねーーッッ!!!!」
気が付けば、目の前のテカトに釣られるように涙が頬を伝っていた。
テカトが僕へ向ける熱い思いが、叩いた手から伝わり心が奮えたのだ。
悩むのは、今この瞬間で終わりだ。
涙を流すのは今日で終わりだ。
目を、頬を拭え。
見返したい。追い付きたい。
セフィさんみたいな目標とされる冒険者に。
情けない僕に対しても憧れてくれるテカトやアンに胸を張れる冒険者になりたい。
理不尽に抗う方法は、それよりも強い不条理になることだ。
英雄のように、逆境に打ち勝つ不条理な冒険者になるんだ。
ユリ科の花が、ニーソ様が、
最高の花精霊様だって証明するんだ。
だから僕は――――
「――テカト!!」
「なんだっ!!」
「これ、アンと二人で食べて。セフィさん……【奇跡の花姫】も好きな串焼きだから」
「な!? まじか!?? いいのか? もう返さねーぞ!?」
さすがセフィさんだ、テカトの顔を一瞬で晴らした。
「また買えばいいし、それに――」
頂いた物を別の人に渡すことはよくない。
メアリお姉さんに知られたら怒られるだろう。
店主には帰ったら謝って、全財産分の串焼きを買って許しを乞おう。
「僕は今からダンジョンに行ってくる」
「!? おう、いってこいオア!! ――冒険者オア・レヒム!!!!」
厚い雲が晴れ、星が夜空に輝く。
テカトと別れ、僕はダンジョンのある花精霊樹へ駆け出した。
僕はこの日、目標を定めた。挑むべき夢を決めた。本当の意味で――――
冒険者オア・レヒムとなれた気がした。
こんにちは。山吹です。
オアの心のモヤが晴れる第三話でした。
次話からオアは突き進んでいきます。そして待望の……!?
オアの成長を見守りたい、応援したい、面白かった、続きを読みたい。
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