二十三輪目「真剣勝負」
自分の気持ちに見てみぬふりするようにしていた。
【オダマキ・フラトリア】のみんなに拒絶された。
他の冒険者からも後ろ指を差されているんじゃないかって考えたら怖かった。
怖いから、人の少ない早朝にダンジョンへ潜り遅い時間に地上へ戻った。
メアリお姉さんにも拒絶されたら、そう考えると会うのが怖くて、獲得した種石の換金もせず溜め込んだ。
そうやって人の目から逃げるように過ごしてきた。
弱い心に気付いているからこそニーソ様は気遣ってくれた。
口癖のように「アマナは家で寛ぐのが好きだから、買物はオア君に任せたよ!」と、ホームから一歩も出ず留守番をしてくれた。
千年ぶりの世界できっと街を見て回りたいはずなのに、我慢してくれている。
僕は何て情けない子供なのだろうか。
情けない自分を殴ってやりたい。
そう思うのに、痛いのが怖くて殴れやしない。
「はぁ……――はは、は――――」
臆病なだけでなく、おまけに頭も悪い。
自分の世界に没入する内に気が付けば冬区、メアリお姉さんの家まで帰って来てしまった。
五年間も住んだのだ、通い慣れたことも原因だろう。
メアリお姉さんに甘えようと無意識に足が動いた可能性もある。
今は勤務中で居るはずもないのに会いに来るなんて、本当にバカだ。
会いたいならギルドに行けばいい。
でも、会う勇気もないから慣れ親しんだ冬区の家を選んだ。
僕はとことん臆病で惨めな男なのだろうか――――。
脱力感に耐え切れず、玄関前で腰を落とす。
扉に寄り掛かり、空を見上げ吐き出した息は溶けるように空と同化した。
空一面にぶ厚い雲が広がっていた。
「……帰ろう」
すでに冷めた串焼きでも、温めれば美味しく食べられる。
けど、雨で濡らしたら台無しだ。
ニーソ様が楽しみにしている、
そう自分に言い聞かせて重い体と心へ鞭を打つ――――。
春区外側の商業区。
売り買いで賑わっていた大商業通りも、あと半刻しない内に陽も暮れるため今では閑散としている。
働いた後は家に帰って一杯……というわけではなく、商魂逞しい人達は稼ぎ場所を酒場街へ変えてもうひと働き。
果物屋を営むアールさんは、こだわりの葡萄酒や林檎酒を提供する女性人気の高いお洒落なお店を営んでいる。
「オアも冒険者になって稼ぐようになったら、好きな女連れて来いよな」
ニヒルな笑顔を浮かべたアールさんに囁かれたことがある。
ちょっと前のことなのに懐かしい。
アールさんの居ない果物屋を通り過ぎ、向けていた顔を正面に戻すと、数m先で犬人族の双子が道を塞いでいた。
双子の妹アン・リーラヤは、立派な淑女たらん所作をしたのち僕へ背を向けた。
するとそのまま先へと移動しだした。
双子の兄の彼は両足を広げ泰然と待ち構えている。
何か用事だろうか。
けど、今日は駆けっこする気分じゃない、と彼の前まで進む。
「この間はごめ――」
「オアッッ!!!! 俺と、勝負しろおおッッ!!!!」
「……分かった。勝負だ」
断るつもりだった。
しばらく会えない、そう挨拶できないままいたことを謝ろう。
流れで駆けっこも断ろう。
そう考えていたのに、怒りに満ちた彼の目を見たら逃げる選択などできなかった。
「言っておくけど手なんて抜くなよ!! 全力だかんな!?」
「……いいの? 君は知らないかもだけど、僕は一応冒険者になったんだよ」
臆病で惨め。駆け出しとはいえ、僕はステイタスを得た冒険者だ。
一般の子供とは勝負になどならない。
驕りなどではない。純然たる事実だ。
「ハッ! 冒険者だって言ってもオアなんかに負けたりしねー!! だから全力で走れ!」
彼は幼い犬歯に似つかわしくない、獰猛さを感じさせる戦士の顔をしていた。
「……分かった。約束する。今の僕に出せる全力で勝負するって」
「勝負はいつものここだ! 合図はアンが手を上げて下ろしたら。で、先にアンのいる場所に着いた方の勝ちだ! いいな!?」
ルールは至って簡単。
約100mの一本路を競うだけ。
「分かった。僕はいつでも大丈夫」
横並び一列。位置に着いたところでアンが手を上げた。
後は下ろすだけ。
「オア、お前――」
彼に顔は向けず、僕はアンに集中しながら「なに?」とだけ訊き返したのだが、
「――ユリ科なんだってな」




