二十二輪目「現実」
「ん、オアが覚えてくれていてよかった」
忘れられる理由がない。
今だって、三年前の冒険を鮮明に思い出せるんだから。
「ど、どうしてここに!?」
「私、このお店の蜜漬串焼きが好きなの」
「そ……そうなんですね」
店主を見ると、自慢げに親指を立てた。
「騒ぎになるからって普段は【イバラ・フラトリア】の子が買ってきてくれるんだ」
「そ……そうなんですね」
「けど、今日はなんとなく焼き立てが食べたくて来ちゃった」
「そ……そうなんで――――」
「オア、それ禁止」
セフィさんは整った眉をムッとひそめた。
「すみません! セフィさんに会えたのが嬉し……じゃなくて、久しぶりで驚いてしまっって!」
「私はオアに会えて嬉しかったよ?」
「え?」
「私のこと、覚えてくれていて嬉しかったよ?」
「え?」
「オアは違った?」
「っ~~……――」
木々をへし折る程の嵐が僕の心の中で吹き荒れた。
「――僕も、同じです。嬉しかった……です。串焼きを見るたびに、セフィさんを思い出して……」
ああ、今の僕は間違いなくだらしない顔を晒しているだろう。
「よかった」
そう笑うセフィさんを見て、抗う事などできなかった。
「オアがもっと早く来てくれたら一緒に食べられたのにな」
セフィさんの手には裸になった竹串が二十本くらい。食後なのだろう。
「約束、でしたね」
一緒に食べる機会を逃したことは残念だ。
けど、セフィさんも約束を覚えてくれていた。それが僕の胸を熱くさせた。
「うん。あ、でも、全然騒ぎにならないなら、これからは自分で来ようかな? そうしたら、オアと食べに来ることもできそう」
視界の端に映りこむ、全力で顔を振る店主の姿が。
と思ったら「いや、宣伝になるか……」と呟いた。商魂逞しいな。
「それより――」
セフィさんは一歩距離を縮めた。
さらには僕の顎をクイッと持ち上げ、るぅぅぅッッッ!?!?
なに、ナニ、何!?
戸惑う僕にセフィさんは追い打ちを掛ける。
【奇跡の花姫】に相応しい絶対美の顔で、ウィスタリア色の瞳を持って、僕の瞳を覗く――――
一秒。十秒。一分。十分――ワカラナイ。
呼吸が止まりやがて苦しさを覚えた頃、セフィさんが僕を解放する。
「――綺麗な眼。冒険者になったんだね、おめでとう。オア」
「っ――!? あ、ありがとうございます」
「オアは約束、覚えてる?」
「はい……また一緒に冒険しようって」
「うん、冒険」
「あ、はい」
「今日はダメだけどまた今度一緒に、ね?」
「是非、お願いします」
「ん、約束」
大人びていて、でも三年前にも見た幼さも残っていて、屈託ない表情で顔を綻ばせる。
セフィさんはそんな微笑みを浮かべ「またね」と去って行った。
縹色の髪をなびかせ、颯爽と去りゆくセフィさんの姿を名残惜しく眺めていると、
「いよしっ!」パンッと手を叩く乾いた音が響いた。
「少年冒険者いや、オアと言ったか」
「はい。オア・レヒムと言います」
「オレはベアル・クトス。よろしくな!」
「はい、クトスさん」
「で、だ。オレの勘が叫んでいるから今日はだな、オアの将来を特大に期待して、特別の大盤振る舞いだ!」
そんな、と遠慮したがクトスさんは半ば強制的に串焼きと蜜漬串焼きを持たせてくれた。
しかも、初めに注文した倍以上の量で代金は無料だ。
「ほんと、ありがとうございました!!」
豪快に笑うクトスさんに見送られお店を後にした。
「んー……おいしそうだなあ――」
紙袋からのぼる殺戮的な香りが、さらなる空腹を呼びこむ。
早く帰ろう。
待ち切れないのもあるが、温かい内にニーソ様にも食べてもらいたい。
「よし!」
駆け出そうと脚に力を籠めるが、
「おいっ!」と乱暴に肩を掴まれ、阻止された。
一体なんだろうか、慌てて振り返るが……
(誰だろう――)
見覚えがない。
ヒューマンが二人にエルフとドワーフ。
小人に犬人や猫人、片翼人と総勢八人が敵意を隠しもせず僕へ向けていた。
共通するのが全員男性で、マリーゴールドの花紋が施された赤橙色に染まる装備を身に付けていることだ。
「えっと……【マリーゴールド・フラトリア】の方が僕になにか?」
「お前、名前は? どこの【フラトリア】のもんだ?」
ヒューマンの一人が、僕の肩を掴む手に力を籠めた。
「……オア・レヒム。【ニーソ・フラトリア】ですけど」
ヒューマンは「知ってるか」と、隣に立つもう一人のヒューマンに訊いた。
首を振ったことで他の【マリーゴールド・フラトリア】の人達にも訊くが、結果は同じだった。
「団員はどれくらいの【フラトリア】なんだ?」
これ以上相手にしたくない。けれど、それが許されない空気だ。
「……僕一人です」
「ふん、やっぱり弱小【フラトリア】だったな」
頬や口角を厭らしく歪め、見下す視線を向けてくるヒューマン。
ここでようやく掴んでいた肩が解放された。
「ギルド支給品の装備からして大した【フラトリア】でないと分かっていたけどね、俺は」
ヒューマンと似た表情で、少し離れた位置から小人。
「ハッ、見た目からして雑魚だろって!」
鼻を鳴らし、鋭い犬歯を見せ笑う犬人。
「にゃはっ。こいつ、ぷるぷる震えてんの」
冒険者八人に囲まれたことで震える僕の足を猫人が指差す。
「つか、ニーソって一体どんな花なんだ」
「乳白色が綺麗な――」
「いや、別に興味もないから答える必要ない。つか、お前その目……」
言葉を遮ったヒューマンは、僕の両目を睨み付ける。
「僕、急いでいるので! 用事がないならそろそろ――」
足を一歩前に出したが、ヒューマン二人に進路方向を塞ぐ。
左は犬人と猫人。
右はエルフと片翼人。
多分後ろにドワーフと小人。
どうあっても僕を解放してくれないようだ。
「お前、まさか最近できた【フラトリア】か?」
「……そうですけど」
「チッ……。てことは【ニーソ・フラトリア】がユリ科ってことか」
ヒューマン二人はバツが悪そうに目を見合わせた。
左右後方から「よりにもよって」「どうする」「ユリ科には手出し無用だってマリー様が」「アイリス様の指示なんだろ?」「やめておこうぜ」と、声が聞こえてきた。
「……ふん、主花精霊様の命だから今日は見逃してやる」
渋々といった表情で、ヒューマン二人が塞いでいた道をあける。
どうして僕を囲んだのか。何を見逃されたのか。
何一つと分からないけど、逃がしてもらえるなら【マリーゴールド・フラトリア】の人たちの気が変わる前にこの場を逸したい。
おそるおそる、警戒を解かず僕は拓けた道へ足を動かすが。
「お前みたいな雑魚が【奇跡の花姫】様に近付くんじゃねえッ」
ああ、なるほど。
「【奇跡の花姫】様は現世の英雄候補だ。おそれ多くも名を呼び、雑魚がおいそれと親しくしていいお方じゃねーんだよ」
どうやら僕がセフィさんと会話していたことが原因のようだ。
【マリーゴールド・フラトリア】の人達のやり方は間違えている。
でも、言っていることは半分正しい。
史上最速のレベル3到達。
花精霊にも引けを取らない人外の美貌。
強く美しいセフィ・アークシュへ憧れを抱く冒険者や一般の人々は、このリーエンの街に大勢いる。
セフィさんの凄さを間近で見たからこそ、彼らの気持ちの一部を理解できるし仕方ないと割り切る事もできる。
でも――――
「リーエン……いや、『下界の楽園』の仇敵が」
最後に聞こえた言葉が。
何も言い返せなかった自分が――
情けなくてどうしようもなく許せなかった。




