二十一輪目「予想外の再会」
「ふぁー……ニャ。メアリに会っていかニャくていいのかニャ?」
猫人族の女性ギルド職員ロッシェさんは、目の端にできた眠りの雫をこすると、他の冒険者の対応をしているメアリお姉さんに向いた。
「はい、忙しそうですので大丈夫です」
「メアリは人気者だからニャー」
優秀かつ見目麗しく愛想もいいからか、メアリお姉さんが担当する窓口の列が途切れたところを見た事がない。
「そうみたいですね」
「メアリを育てたのはミーだから鼻が高いニャ」
ロッシェさんは青鈍色の尻尾を自慢げに揺らす。
「仕事の早い先輩に教わったメアリお姉さんはついてますね」
「……ミーの仕事が早いとかニャんとかメアリが言っていたかニャ?」
「? いえ、いつ来てもロッシェさんの机は綺麗だから、仕事が早いのかなあって」
「メアリも同じことを言ってくれていたニャ……懐かしいニャ」
「そうなんですか?」
訊き返した僕の両肩をロッシェさんはガシッと掴んだ。
爪が食い込み地味に痛い。
「そうニャ、でもいつからか……舎弟は純粋でいてくれニャ……」
「舎弟って、まさか僕のことですか?」
やれやれ、ロッシェさんは呆れたように首を振った。
「メアリはミーの後輩ニャ。そのメアリの弟ならミーにとっては舎弟ニャ」
「じゃあ、ロッシェさんは姉御ってことになりますね」
「仕方ニャいから、姉御と呼ぶことを舎弟にだけ特別許可してあげるニャ」
やれやれ、今度のロッシェさんはどこか満足気に首を振った。
「僕そろそろ帰りますね」
人が増え始めたしお仕事の邪魔をしてもいけない。
「はいニャ。ミーも本当は大忙しなのニャ、だから帰るニャ。舎弟が来たことは今日もメアリに伝えておいてあげるニャ」
「いつもありがとうございます」
「そんニャのいいから、カツアゲされない内にとっとと帰るニャ」
冒険者ギルド付近は治安がいいとはいえ、少しばかり不安だ。
なんてったって今の僕は換金を終えたばかりで、ちょっとした小金持ちだからな。
暗くなる前に目的の串焼きを買って帰ろう。
また欠伸をしたのか目をこするロッシェさんへ頭を下げ、メアリお姉さんを一目見てから冒険者ギルドを後にする。
「――今日も話せなかったな」
僕の担当アドバイザーは変わらずメアリお姉さんだ。
それなのに、冒険者になった日からひと言も話せていない。
個人的にダンジョンの相談もしたいけど普段の様子も聞きたい。
しっかり者で通るメアリお姉さんは意外と朝に弱く寝相が悪い。
お腹を出したまま寝ていることも少なくないため、冬区に住むメアリお姉さんが少々心配でもある。
風邪とか引いて体調崩していないといいけど。
寝相が悪いといえば、【オダマキ・フラトリア】のサラさんも酷かったな。
暑がりのせいか昼寝していると服を脱ぎ出してしまう。
何度、困らされたことか……
「(……みんな元気かな)」
雄鳥の囀りにさえ掻き消される声を吐き出し、僕は【オダマキ・フラトリア】ホームのある夏区へ向けていた体を春区へ向け直した――――。
▽▲▽
到着した春区。
その外側商業区。
お祭りと勘違いしてもおかしくない、活気あふれる大商業通りを進む。
花の都リーエン名物の串焼きは、どの区域でも売られている。
けれど、商業区で販売する串焼きが一番美味しいというのは常識だ。
ニーソ様に少しでも美味しい物を食べてもらいたい、冒険者として稼いだお金を握りしめ僕は視線を彷徨わせる。
肉の種類は豚に牛、鶏、羊などが多く、部位まで考えたら数えきれないくらいだ。
肉以外にも野菜や魚を刺したものまであり、味付けなんかも店の個性で様々だ。
競争相手が多い商業区は差別化を図るのに、肉の種類や部位、味付け、焼き方などが工夫され、今では百種類を超える串焼きが販売されているという。
中には知る人ぞ知る名店、美食家をもうならせる屋台まであるとか何とか。
僕は目利きなど備えていないけど、ニーソ様のために美味しい串焼きを頑張って見つけたい。
だから、冒険者としての嗅覚そして直感を信じて吟味する。
(どのお店がいいかな――……ん?)
あの店だけ異様に空いているな。
お客さんは店頭で串焼きを頬張る女性が一人。
お肉はその日卸した新鮮な羊肉と大きく書かれている。
塩や香辛料で味付けした一般的なものから、最近人気が高まっている【蜜漬串焼き】まで揃っている。
値段は安くもなく高くもない。
僕でも手の届く範ちゅうだ。
肝心要のにおいは……
(っ!?)
嗅いだだけでヨダレが、それにお腹がもの凄く動きだした。
全身があのお店の串焼きが食べたいと訴えている。
ぽっかりできた空間が気になるけど――うん、正直な自分の身体を信じてみよう。
「すみません。串焼き二本と蜜漬串焼き一本をヒューマン用と花精霊様用にください!」
「あいよっ! すぐ焼くからちっと待って……ろ――」
明るく溌剌とした返事。顔を上げた店主は僕を見て眉をしかめた。
立派な口髭に熊みたいに大きな体。
迫力満点でちょっと怖い。
「……見ない顔だな? 支払いは平気か?」
ギルドから支給された胸当て部分へ店主の視線が突き刺さる。
これを身に付けているのは、お金のない駆け出し冒険者もしくは、花紋を刻まれていない研修生だ。
店主が支払い能力を心配するのもやむをえない。
「はい、ダンジョンでちょっとした収入があったので大丈夫です」
店主に見えるように革小袋の口を広げて中を見せる。
「こりゃ失礼した。度胸ある、将来有望な冒険者様だったか」
「ははは、運がよかっただけです」
「冒険も商売も運は大切、実力の一つって昔からよく言うかんな!」
運がよけりゃ何でもなんとかなる! おじいちゃんの口癖だったな。
それにメアリお姉さんも、生き延びるには運も必要な要素だと言っていたな。
「うし――! 少年冒険者は蜜漬串焼きは食ったことあるか?」
「いえ、今日が初めてです」
「なら、疑った詫びだ。今日はおまけにしておいてやる!」
ニッと歯を見せ笑う店主。熊みたいな体とのギャップが愛嬌抜群だ。
「いいんですか!? ありがとうございます!!」
「おうよ! 度胸無しばかりで生憎と今は暇だから少年冒険者のために最高に美味い串焼きを焼いてやっかんな!」
網に乗せられた串焼きが焼かれる光景を眺めつつ考える。
串焼きを食べるのに度胸が必要なのだろうか、と。
もしかして、店主は名のある冒険者だったとか?
んー、でもお客さんが入らないと商売にならないよな……
まあ、美味しければいっか。
「オア?」
「はい?」
反射的に呼び掛けに応じる。
そして、僕を呼んだ人物と目が合ったことで、熊ちゃんの串焼き屋が異様に空いている理由がわかった。
僕はどうして気付けなかったのだ。
いや、無理もない。三年前より背や髪が伸びていた。
あどけない少女が一人の大人の女性になっていた。
淡い青紫。藤の花色。
ウィスタリア色に染まる綺麗な瞳。
ひたいにはバラの花紋が鮮明に刻まれている。
腰にまで届く縹色に染まる綺麗な長髪。
背は僕よりも高く、四肢なんかも同じヒューマンとは思えない差がある。
花精霊女王クロリス様が、芸術品として下界に造り落としたような美しさ。
噂を聞かない日がない。
今のリーエンで一番有名な彼女、
【奇跡の花姫】セフィ・アークシュがいたから店が空いていたのだ。
「久しぶりだね。私のこと、覚えてる?」
「セ、セ、セセセ……セフィさんッッ!??」




