二十輪目「ステイタス更新」
【ステイタス更新】
それは、浄化と成長二つの意味で冒険者にとって必要不可欠なものだ。
ダンジョンに潜り続けていると体内に魔素が溜まる。
魔素に対しての耐久値を超えてしまうと体や精神を蝕むため、ダンジョン探索を生業とする者は、少なくとも月に一度浄化する必要がある。
そして、魔素の浄化は花精霊様にしかできない奇跡の行使だ。
花精霊様の血液を刻まれた花紋を通して体内へ取り入れることにより、身に溜まった魔素が浄化され、身に宿す種を育てる栄養へと変えてくれる。
花精霊様の血液を媒介にして作られた栄養は、日常生活やダンジョンでの戦闘・成した出来事の質や量を経験値として能力値へ変換、ステイタスを成長させる糧となる。
「オア君、じっとしているんだぞ――」
目に薬を点すように、花精霊ニーソ様の指から落ちた血液が眼球から体内へ沁み込んでいく。
花紋を刻まれてから毎日浄化している上に、浅い層の経験しかない僕には魔素が溜まる感覚というものをいまいち実感できない。
けれど、ニーソ様の血液が入ると何だか気持ちが晴れやかになる。
これがきっと【浄化】すなわちステイタスが【更新】されている感覚なのだろう。
「――はい、お待たせオア君。キミの成長過程だよ!」
「ありがとうございます!」
「頑張ったんだね、アマナはキミの成長の速さに驚きを隠せないよ!」
「ほんとですか!?」
ニーソ様の言葉に期待した僕は、どれだけ成長したのかと逸る気持ちで受け取った用紙を確認したが――
〈オア・レヒム〉
【状態】発芽期
【筋力】H:2(+0)【耐久】H:1(+0)
【器用】H:4(+1)【敏捷】H:5(+2)
【魔攻】H:0(+0)【魔防】H:0(+0)
【魔力】H:0(+0)
オールH、誰がどう見ても駆け出し冒険者だと分かるステイタスだった。
筋力や耐久、魔力などの基本ステイタス七項目は軒並み最低のHだ。
もしかして敏捷あたりがDになっていたり、などと期待したけど結果は無常だった。
「何だい? 初日以来の成長さらに敏捷の熟練度が二つも増えているというのに、あまり嬉しそうじゃないね?」
「あ、いえ……二つも増えたのは初めてですし、それは凄く嬉しいです」
「だろう? 駆け出しで二つも増えるなんて滅多にないことなんだから」
「そうなんですか?」
「何せ相手はゴブリンやコボルトばかりだからね。やつらも立派な怪物だからバカにもできないけど……それでも得られる熟練度は微々たるものだ。それなのにこれだけ伸びたってことは、きっと素早いフットワークで翻弄し倒しまくったんだろう? アマナは想像するのも得意だけど、オア君の雄姿は直接見たかったなぁ」
「ははは、僕も想像ではかっこよく戦っていたんですけど――」
目を輝かせてくれるニーソ様へ正直に打ち明ける。
おそらく、最後の逃走劇が熟練度を上げてくれたということを。
「まあ……逃げるも立派な戦術だし、どんな過程であっても成長は成長だよ。生きて帰れば冒険は成功。次回の挑戦権も得て、僅かでも成長できたんだから」
「はい、そうですね。コツコツと頑張っていきます」
「そうそう、オア君なら五年後には次のステージ――【展開期】になっているだろうから、焦らず堅実にね」
「はい、ありがとうございます……」
思わず僕はニーソ様から顔を背けてしまった。
多くの冒険者が成長レベル1【発芽期】の状態で生涯を終える。
そのため五年でレベル2【展開期】になれる冒険者は将来を有望視される。
ニーソ様が言うそれは、千年前にいた英雄と同じ成長速度と同義なのだから自信がなかったのだ。
基本ステイタス七項目は、HからAの八段階で区分される。
そして、成長レベルを上げるにはこの基本ステイタス七項目の内、最低四項目の数値を上限の10に達していなければならない。
僕は魔力がないから、【筋力】【耐久】【器用】【敏捷】の四項目をH10にする必要があるということだ。
ただでさえ得難い熟練度、それだけでも途方もないのに【成長】するにはステイタスの数値だけでなく精神面の成長も必要となる。
『弱さや欲望から目を背けず受け止め、さらには自己変革を渇望する。自身の内面を深く見直して、具体的なイメージを作ることが必要なんだよ』
メアリお姉さんから教えてもらったけど、僕の頭では要領を得られなかった……。
それで、難しい条件を達することで成長レベル2【展開期】となり、以降も同様の過程で成長していく。
レベル1【発芽期】
レベル2【展開期】
レベル3【成長期
レベル4【花芽樹】
レベル5【開花期】
レベル6【結実期】
レベル7【枯熟期】
レベル8【輪還期】
と、冒険者の成長は花の生涯に例えられている――――。
(五年でなれるかなぁ……)
そっと内心で吐き出し、僕は緩やかな成長が記載された用紙から窓際へ顔を向け直す。
ニーソ様の魂を分けた『御神花』の種を植えた鉢植え。
冒険者ギルドで貰った無色の種に、ニーソ様が祈りを捧げた種を植えた鉢植え。
どちらも未だ発芽せず。
ニーソ様の話によると、ニーソ様の花は水はけの良い乾燥した土質と日当たりの良い場所を好む。
雨には弱いが、暑さにも寒さにも強く比較的育てやすい花らしい。
山吹色に染まる星型の花弁で、精霊の花羽の形に似た六枚の白い花びらを付けるのが特徴で、それはもう綺麗な無垢色の花らしい。
何でも、昔は愛する人へ贈る花でも有名だったとかチラチラと教えてくれた。
「――早く、芽が出るといいんですけど」
「花も人も成長はそれぞれさ。繰り返す様だけど――」
「地道に、ですね」
「その通りだよ。それに、花精霊コンミフォラが質の良い肥料をくれたから、案外近いうちに芽が出るかもしれないよ」
「早くニーソ様の花を見てみたいです」
「オア君と一緒にアマナの花を慈しむ時間はアマナも心待ちだよ」
「楽しみですね」
ニーソ様は定位置となった僕の肩に着座すると、ご機嫌に足をぷらぷらさせる。
「それはそうとオア君」
「なんでしょうか、ニーソ様」
「あれはどうするんだい?」
ニーソ様が指差す先には、物入れとして利用している木箱が。
中には昨日手に入れた魔種やこれまで入手した欠片が入っている。
「今日にでも換金してこようかと」
「それがいいね。昨日持ち帰った分の浄化も済ませているからね」
「ありがとうございます。帰りに昨日食べ損ねた串焼きを買ってきますね」
「贅沢して平気かい? お金は少しでも装備やアイテムを揃えるのに使った方がいいんじゃないのかい?」
装備はジョンさんから頂いたナイフ。
アイテムは【コンミフォラ・フラトリア】のリュケ様から頂いた体力回復薬がある。
防具は支給品の胸当てしかないけど、五階層を中心に冒険している内は問題ない。
「ご心配ありがとうございます。ニーソ様。けど、今のところ平気なので今日はちょっと贅沢に串焼きを夕飯にしましょう」
「そうか、オア君がそこまで言うならば――」
肩に座るニーソ様が勢いよく飛翔する。
「――今宵は、アマナとオア君の二人でパーティと洒落こもうじゃないかッ!」
「はい、ニーソ様!」
「千年前のドレスが今も残っていたら、このアマナの魅力的な身体でオア君を悩殺できるのに……アマナは悔しくて仕方ないよ」
ニーソ様は胸を強調する動きを見せるが、どちらかといえば細身のニーソ様の魅力はスラリと伸びる四肢だと思う。
白く長い靴下のニーハイソックスだって、とてもよく似合っている。
「僕がもっと稼げるようになったら、ニーソ様にドレスを贈らせてもらいますね」
「オア君……」
ニーソ様は、切れ長の目をこれでもかと丸の形に近付けた。
「わかった――。アマナは、身を清めて待っているよ」
「? はい、身綺麗にすることはいいことですね?」
「ああ」
「じゃあ、そろそろ僕行きますね。遅くなるとギルドも混みますし」
やけに顔を赤らめたニーソ様に見送られ、僕は「いくらになるかなあ」と初めての換金に期待しながら冒険者ギルドへ向かった。




