二輪目「クッ……花紋が……」
もはや奇声や絶叫の類いの笑い声をあげてしまった。
きっと恐がらせてしまったよな、そう思ったけど、
「はっ――はっ――キミも、楽しいの?」
並走する彼女はたくましかった。
「――楽しいって!?」
というか今の楽しそうに聞こえたの!?
「そうっ! なんだかさ、冒険してるって感じがして」
「僕は――冒険って、もっと格好良いものだと思ってましたけどっ!」
「ふふ――確かに! キミはどうしてここに?」
「ギルドの教育制度で! 【カルミア・フラトリア】の人たちと来ていたんですが、ゴブリンの集団と遭遇して……」
「ふーん【カルミア・フラトリア】……あまりいい噂は聞かないところね――」
体内に宿す種の発芽の証明。
いわゆるステイタス発現及び冒険者の証である【花紋】を刻まれていない一般人が、ダンジョンへ潜ることは基本的に禁じられている。
けれど、ギルドの教育制度を活用すれば例外的に認められるため、花の精霊カルミア様を主花精霊とする【カルミア・フラトリア】に所属する冒険者引率の元、僕はダンジョン進攻している。
とはいっても、潜れる階層は三階層までで実際の戦闘は教育係の冒険者頼み。
例外を除いて、この教育制度で命を落とした者はおらず危険は限りなく低い。
潜り慣れている冒険者にとっては準備運動にもならない比較的安全な階層だ。
要はダンジョンとはこういう場所だと知る体験みたいなもので、少しでも多くの冒険者を生み出す為にギルドが制定した仕組み。
僕をここまで連れてきてくれた団長のキールさんは、いかにも冒険者らしい風貌で少し怖い印象だったけど、口調は優しく丁寧に接してくれていた。
だから、彼女がした返事は僕にとっては意外で、「そうなんですか?」と訊き返してしまった。
「――キミ、たぶん囮にされたと思うけど何か心当たりとかない?」
「ああ……」
そうか囮か。
「そっちが近道だ!」と団長さんに指示されるがまま逃げたら、気付けば僕一人になっていたから、てっきり焦燥から道を間違えてしまい逸れたと思っていた。
「その顔はあるのね。真面目そうなキミが、五階層に足を踏み入れた理由とか気になるけど、結局は私が巻き込んだようなものだし――」
ん?
「巻き込むって?」
「今はそんな話をしている場合でもない――」
ぴしゃりと拒絶。急に冷たい。
そう思ったが彼女に続いて曲がった先で辿り着いた場所は僕らの墓場だった。
抜けた一本路。
半円型の空間。
未来への道を閉ざす行き止まりだ。
体力も限界。隠れる場所も見当たらない。
僕らの命運、ここで尽きるのか、なぁっ!??
「あそこ!」
彼女に掴まれるままダンジョンの壁にある歪みの空間へと身を隠す。
すると彼女はベルト型のポーチから球を取り出し――投げた。
落下と同時に煙がモクモクと発生し視界を遮る。
「煙玉?」
「シッ!」
口を押えられた目の前には美少女……が!?
改めて見たら、とんでもない美少女だ!!!!
「(あれで最後。時間がない。今から話すことを静かに聞いて?)」
小声で問い掛ける彼女に僕はコクコクと頷いて返す。
「いい子ね――」
淡い青紫。藤の花色。ウィスタリア色に染まる綺麗な目が途端に揺らいだ。
「クッ……」
呻き声を漏らした彼女は苦悶に満ちた表情を浮かべ頭を押さえた。
「大丈夫ですか!? ケガとか……?」
「違う、平気。それより……ダンジョンで花紋が刻まれるとどうなるか知っている?」
この『下界の楽園』で生まれた者は皆、生まれながらに希望の種子を身に宿している。
その種子は十から十六歳までに約五割の確率で、経験や本質に連なる紋様が【花紋】として、身体のどこかに刻まれ、同時にステイタスが発現する。
怪物と戦う力を得た者は、連なる花精霊様を主とした【フラトリア】への加入もしくは設立することで、ギルドで冒険者登録が行えるようになり、ダンジョンの攻略資格を得る。
そして、花紋を刻まれたばかりの冒険者が身に宿している若き種は、強力な怪物を産む種になる。
怪物の王の意志がダンジョンに働き、本来その階層にいない筈の上位種や、異常な数のモンスターが出現して、命ごと種を簒奪しようとする。
ギルドの研修制度で例外的に命を落とした者は、何かしらの理由で規則を破り、三階層より先に進んだ者達の末路であり、また他の冒険者をも巻き込む罪となる。
つまり、
「何か、異常が起きます」
彼女は「正解――」と答えると、おもむろに前髪を掻き上げた。
露わになったヒタイにはうっすらと花紋が刻まれていた。
「バラの花紋?」
「そう……私はバラ科なのね。アヤメ科がよかったけど」
バラの花紋は探索系で最大派閥の【イバラ・フラトリア】の象徴だ。
見目麗しく気品ある人や才能ある人に刻まれやすいのがバラ科の花紋。
素晴らしい花紋だ。羨ましい。
いや、それよりも――
「――冒険者、様だったんですか?」
「正確にはこれから冒険者になるところかな」
つまりそれって……
「ここで花紋が刻まれたってことですか?」
コクッと頷く拍子で彼女の頬から首筋へ汗が伝い落ちる。
「巻き込んでごめん。でも、そろそろ体に馴染むから。そうしたら一緒に地上へ帰ろう」
五階層ではゴブリンが徒党を組むのは精々が三体程。
それなのに十体のゴブリンが僕らを追って来た。
彼女はそれを謝ってくれたのだ。
でも、僕は教わった。
花紋が刻まれる時、全身に激しい痛みが生じる。
特に刻まれた部位は、ほとんどの人が悶絶、行動不能になる程の激痛だと。
それにも拘らず彼女は痛みに耐えている。
僕を安心させるために笑顔を浮かべている。
「――帰ったら、『串焼き』が食べたいですね」
鶏や豚、もしくは羊の肉を一口大に切り串に刺し、炭火焼きにした屋台料理。
貧乏な僕にはちょっと贅沢な『下界の楽園』で有名な屋台料理。
場を相応しくない返事に目を丸くさせた彼女だったけど、目尻を柔らかくさせた。
「ギルドの、教えだね」
「はい」
「冒険とは――」
僕らは頷き合う。
「「――帰るまでが冒険」」
どれだけ生き恥を晒そうとも生きて情報を持ち帰ることが何よりも大切である。
一番初めに叩き込まれる絶対の教えだ。
「約束。生還して、一緒にデートしよう」
彼女のとんでも発言に思わず「デッ――」と叫びそうになるが、彼女は僕の唇を小指で塞いだ。
それから真剣な顔つきで晴れ始めた煙の奥へ顔を向けた――――。




