十八輪目「エルフの来客」
必死の願いは通じた。
途中の十字路で撒くことができ、生還を果たすことが叶った。
僕はクタクタの体で玄関扉の鍵を開錠する。
ガチャリ、という音に安堵を覚えた。
オダマキ様には感謝してもしきれないな。
僕が留守の間に直してくれたのだから……
(ん、あれ?)
おかしいな。扉が開かない。
もう一度鍵を回してみる。今度は無事に開いた。
出て行くときに閉め忘れたかな、気を付けよう。
「――ニーソ様。ただいま帰りまし……た?」
「オア君、今日は早かったね! アマナのことが恋しくなったのかい!?」
六枚の花羽を広げ、横に縦に飛翔旋廻。
白光の軌跡を描きやって来たニーソ様が僕の肩へ腰を落とす。
綺麗な脚をぶらぶらさせ、ご機嫌な様子だ。
「思わぬ収入があったもので。それよりも……」
僕は生活感の生まれた部屋を見る。
ジョンさんとダンジョンへ潜った七日前のことだ。
オダマキ様が一般区の子供らを連れ、不要になった鉢や土を持って来てくれた。
さらにはホームの惨状を憐れみ、室内に生えていた雑草や蔓を撤去。
風通しのよかった天井や壁、落とし穴の開いた床なんかも修理、修繕。
ベッドや小さなテーブルも用立ててくれていた。
掛かった費用の請求書は置いてあったが、おかげで快適に過ごせているし、ダンジョン攻略に集中することもできた。
請求だってあってないようなもので、細かい相場は分からないけど破格の安さだった上に返済期限もない。
至れり尽くせりだ。
僕としては何不自由ない不満など一切感じないホームへと生まれ変わったけれど。
けれどもだ。
このホームに似つかわしくない立派な装い。
高貴な雰囲気を……いや、絶対に間違いなく高貴だ。
纏う空気からして違っている。
(え、というか……エルフ?)
だれ、誰、どちら様!?
排他的なエルフがどうして!??
全体的に白に近い桜色。
髪から全身淡いピンク色に包まれたエルフの女性。
それと、僕の膝上くらいの背をした花精霊様が部屋の中央にあるソファで鎮座。
可憐さと気品さを兼ね揃えたエルフと花精霊様が、にこやかに僕を見ている。
おかげで僕の顔面は真っ赤に燃えた。ボンっ――
「――て、ボンっじゃないよオア君! アマナ以外の花精霊を見て興奮したりしたら許さないからねッ!!」
「ち、違います! 誤解を招くことを言わないで下さい!! 僕はエルフの方を見て……って、そうじゃない!! ニーソ様、あちらにおられるのはどちら様なんですか!?」
あれだけ大きな花精霊様だ、さぞ立派な【フラトリア】の方々に違いない。
「誰って、花精霊コンミフォラとその子供だよ!」
コンミフォラ様とその子供?
エルフの美しい女性……って、まさか!?
勢いよく顔を向けると、コンミフォラ様とエルフの女性は立ち上がる。
置物と化した僕へ向かってゆっくりと移動して来る。
「お邪魔しております。【ニーソ・フラトリア】オア・レヒム殿。花精霊ニーソ様よりご紹介がありましたが、こちらの可憐な方が花精霊コンミフォラ様」
目尻が下がる柔らかな顔。
ゆるふわウェーブの髪。
スカートの裾を抓み上げる上品な挨拶。
優麗という言葉が似合う花精霊様だ。
「そして私が【コンミフォラ・フラトリア】団長ヴァルル・リュケ。本日は急な訪問、ましてや主のいない部屋へ上がり込む不作法を、申し訳ございませんでした」
頭を下げるヴァルル・リュケ様。
その拍子で肩に掛かる髪がサラリと滑り落ちる。
それすらも優美で、目を奪われてしまう……じゃ、ないッ!!
「そ、そそそそんな! 恐れ多い、頭を上げてください!!」
花精霊殿を管理している【ラベンダー・フラトリア】のケス・パプル様と同じ世界で五人しかいない希少なレベル5の冒険者が、今僕の目の間にいるヴァルル・リュケ様。
それだけでも恐れ多いのに、冒険者なら必ずお世話になる体力回復薬。
リーエンで流通する六割を賄っているのが、医療系最大派閥【コンミフォラ・フラトリア】。
エルフには効果の薄かった体力回復薬だったが、エルフにだけ効く専用体力回復薬の開発にも成功している。
『下界の楽園』に多大な恩恵をもたらしているのがヴァルル・リュケ様だ。
駆け出し冒険者にとっては天井のお方。
頭を下げさせたと知られれば……――考えたくもない!!
ふっ、と吹きかけて消える火のように。
僕の冒険者人生など瞬く間に消えてしまう。
「アマナの暇つぶし相手として、現世のことをいろいろ聞かせてもらっていたんだ。だから無理矢理上がってきた無法者じゃないから、オア君も安心してくれて大丈夫だよ」
なんて贅沢な暇つぶし相手だろうか。
おかげで沢山の脂汗が僕の顔をテカらせる。
「ニーソ様、それとオア・レヒムが粗暴でなく、優しい冒険者でよかった」
天上の如く女神のような微笑みが、強烈な火魔法のように飛んできた。
僕の脂汗を糧に、顔面から簡単には消えない暴炎を登らせ赤面現象を付与する。
「このリーエンでは名が売れておりますが、私はコンミフォラ様と違いただのエルフ。リュケイオンの森のリュケ族出身、王族でもないただの森人です。早いか遅いかの違いで一介の冒険者です、緊張する必要などありませんよ」
そう言って緊張を解いた人物はいたのでしょうか。
僕は出掛かった言葉をゴクリと飲み込んだ。
「と、ところでぃっ! コンミフォラ様とリュケ様はどうしてこちらに……?」




