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不条理と片足ニーソと花精霊記  作者: 山吹祥
第三話『冒険者オア・レヒム』

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十六輪目「今日一番のダメージ」

「はは、悪かったって――。それよりオア、ちょっとソレ見せてみろ。コボルトの爪を受けた時に欠けたように見えたぞ」


 それ、と言ってジョンさんが指差したものは、僕の腰に掛かる革嚢ホルスターだ。

 要はスコップを見せろと言われたのだ。


 武器はダンジョン内での相棒。

 魔法を持たない僕は、相棒を失えば生還率がグッと下がる。

 メアリお姉さんから口を酸っぱく教わり気を付けていたつもりだった。


 欠けたようにも見えなかったけどジョンさんが言うならば、と僕は慌ててスコップを差し出す。


「んー……」

 ジョンさんは注意深くスコップを確認するが、


「問題ない。俺の気のせいだったみたいだ」


 よかった、胸を撫で下ろす。

 戻ってきた相棒を一撫でしてから収納する。


「ほら、オア――」


「え、はい……えっと?」


 ジョンさんのナイフを革嚢ホルスターごと受け取ったが、その意図が分からない。

 ジョンさんのナイフを確認しろってことだろうか?


「……詫びとお祝いだ。やる――」


「そんな、受け取れませんよ!」


「お前、予備も何もないだろ?」


「そうですけど、でもこのナイフは……」


 ジョンさんのメイン武器は他にある。

 これは予備のナイフだ。


 けど、このナイフはジョンさんが自分で稼いだお金で初めて購入したナイフ。

 鍛えたのがお弟子さんとはいえ、鍛冶師系最大派閥【サルビア・フラトリア】製のナイフで高級品だ。


 思い入れがあり大切に扱っていた事を知っているだけに受け取れない。


「ああ――。けどよ、分かってはいたんだがこのナイフは俺のステイタスに付いてこられない。物足りなくなったんだ。かと言って眠らせるのも売るのも勿体ない。だがオアなら大切に扱ってくれる。だから受け取ってもらいたい。そう思ったんだが、ダメか?」


 狡い、こんな風に言われてしまったら、


「……ありがとうございます。大切に使わせていただきます」


 拒否なんてできるわけない。


「おう、ありがとな!」ジョンさんは照れた様に鼻の下をこすった。


「僕の方こそありがとうございます!」


「おう! 今日はここで引き返す予定だったが、試し斬りがてらもう少しだけ進んでみるか?」


「はい!」


 譲り受けたナイフを革嚢ホルスターから抜き、試しに振るってみるとギルドから支給されたスコップより手に馴染んだ。


 油断は禁物、武器一つで僕自身が強くなったわけじゃない。

 でも今なら、


「ゴブリンとコボルトを同時に相手取れそうです!」


「調子に乗るなッ!」


「イタッ!?」


 僕の額にレベル2のデコピンが炸裂。

 今日一番のダメージだ。


「五階層は広大で初心者殺しとして有名な階層だってオアも知っているだろ?」


「はひ……メアリお姉さんからよく聞いています」


 岐れ道の多い五階層は地図がなければ容易く迷ってしまう。

 五階層まではギルドが無料で地図を配布してくれるが、駆け出し冒険者は弱いゴブリンとコボルトを相手取り調子に乗りやすい。


 次々と現れるモンスターを倒す内に道が分からなくなり、帰り道を求め彷徨いながら連戦して疲弊する。


 日帰りを予定している者がほとんどで、そもそも食料や体力回復薬ポーションを買えるだけの余裕もないため補給もできず、最後は甘く見ていたゴブリンやコボルトの手で落命する。


 このことは、五階層から生還した三年前から何度も注意されている。


「昨日冒険者になったばかりだ。憧れていたぶん興奮するのも分かる。だが、そういう時こそ冷静になれ」


「……はい」


「オア、お前は真面目だ。将来いい冒険者になる。勘だけど、俺はそう思う。だから、慌てずゆっくり攻略しろ。ある日ダンジョンで見慣れたナイフを拾いたくないぞ、俺は」


 冒険者歴の長いジョンさんは、これまで何人もの面倒を見て送り出しきた。


 そして――失ってきたのだろう。


「はい……僕もいつか、頂いたこのナイフが僕のステイタスに付いてこられない。そう格好いい事を言えるように、地道に頑張ります」


 真剣な眼差しが一転、ジョンさんは目を丸くさせた。

 けど、次には嬉しそうに口角を上げ「生意気な奴め!」と、背中を叩いてきた。


「イタタタ……」


 今日一番のダメージが更新された。


「わりぃ、加減を間違えちまった」


「いえ、それよりジョンさん。実は少し体が重くて……無理しないためにも、今日はこれで地上に戻ろうかと」


「お? そっか。まあ、緊張もあったろうしな。オアがそう言うなら帰るか」


「ありがとうございます。それで夜なんですけど、僕はどうしたらいいですか? 昨日聞き忘れていたのですが、ニーソ様もお連れして大丈夫ですか?」


「……オア、それなんだが」


「はい?」


 ダンジョン初進攻。

 順調な探索。

 新しいナイフ。

 夜の楽しみ。


 能天気な僕は、表情を曇らせたジョンさんには気付けなかった。


「――あいつらは孤児の集まりだ」


 親がダンジョンから戻らず孤児となったサラさんやシアンさんらを引き取り、今でも援助しているのが【オダマキ・フラトリア】の団長ジョン・ブレイク。


 ジョンさんは何も言わなかったけど、僕は二人からそう聞いている。


「――オアは何も悪くない。だけど、元凶のユリ科に含む思いのある団員ばかりで、気持ちの整理が追い付いていない。八つ当たりでとばっちりな事は理解している」


 眉や目、口、顔全体を悲痛に染めるジョンさんを見て僕は、


「――悪いが今日のパーティは中止だ。暫らく【オダマキ・フラトリア】のホームには来ないでくれ」


 考えの至らない浅慮で大バカ野郎だってことに、ようやく気付けた。


 ▽▲▽


【オダマキ・フラトリア】のホーム。


「はあああぁ…………――」

 団長ジョン・ブレイクは帰宅するやいなや、大きな溜め息を吐き出し乱暴にソファへ身を沈めた。


 閉じた瞼の裏に浮かぶ光景は、オアの花紋を知り戸惑い怒り哀しむサラの顔。


 そして、つい数時間前に見た今にも泣き出しそうなオアの顔だった。


「第一に考えるべきは団員の命。だから――」


 冒険者にとって精神の乱れは命取りとなる。

 その元凶となりえるオアから距離をとることは団長として正しい判断を下した。

 ジョンは自らに言い聞かせる様に「これでよかったんだ」と呟いた。


「――着替えなくていいんですか?」


「なんだシアン、戻ったのか」


「ええ、今しがた」

 副団長シアン・ノンストは、ジョンが身に纏う防具へ視線を落としつつ同じ質問をする。


「着替えなくていいんですか?」


「……もう少ししたら着替えるつもりだ」


「座るなら着替えてから。武器と同じくらい大切に扱え。そう決まりを作ったのは団長だったはずですが」


「……俺が買ったソファをどう扱うかは俺の自由だ」


「ええ、そうですね。見当たらない予備のナイフ同様に、貯金のほとんどを吐き出し購入した大切なソファを、ようやく見つけた理想のソファが痛んでもいいなら、俺は団長の愚行に目を瞑りましょう」


「ふぅー……俺が悪かった――」

 ジョンは重い腰を上げ、防具を取り外す。


 ジョンが着替えを済ませている間に、淹れた茶を差し出しながらシアンは訊く。


「然しもの団長も参った様子ですね」


「三年も面倒を見てきたんだぞ? 情が湧かないのはおかしいだろ」


「オアは素直でしたからね」


「ああ、弟がいたらこんな感じかって思えるくらいオアも俺に…………」


 目を伏せたジョンは茶を手に取り一気に呷った。

 それから「サラや他のみんなの様子は?」とシアンに訊ねた。


「俺も含めもう大人ですから冷静に割り切っています。が、体はいっぱしの冒険者だけど心は未熟、末子感覚の抜けないサラはそうじゃありません」


「……そうか」


「ええ、そうです。特にサラは誰よりもオアに懐いていましたからね。亡くした実の兄へ甘えるように」


「それがどうして、サラにとって仇敵でもあるユリ科の花紋をオアに刻まれたのか」


「考えたって仕方ないことです」


「違いない」


 シアンは空になったジョンのカップへ茶を注ぐ。


「オアには悪いですが、サラにとっては良い契機となるやもしれません」


「……成長レベルアップ、か」


「サラは、実力は申し分ないですから」


 レベルアップするには精神の成長も必要不可欠である。


「にしても俺の時はもっと易しかった気がするけどな」

 ジョンは自身がレベルアップした当時を思い出し苦い表情を浮かべた。


「人も花も同じで、それぞれ栄養は異なります」


「だな――」

 そう吐き出したジョンは部屋を見渡す。


「ところでオダマキ様はどこ行ったんだ?」


「一般区の子らを捉まえて、使っていない鉢や土を運び出していましたよ。お礼にアレを伝授しようと言って」


「はは、それはもうお礼じゃなくて罰だろ」


「違いないですね」


 ジョンはゆっくりと笑みを鎮め――瞳に力を籠め直す。


「うだうだ悩むのはお終いだ。俺はサラとオアを信じて、もしもの時に尻拭いするだけ。それが大人の役目で、団長の責任ってもんだ。情けない姿を見せた。すまなかったな、シアン」


「いえ、団長が情けないのは普段からなので」


「いっぱしに成長して生意気を言うシアンへの褒美だ。今日は俺が夕飯を作ってやる」


「それこそ罰ゲームです!」


「なんだ? 昔はうまいうまい言って喜んで掻きこんでいただろ?」


「それは食べないと死んでしまう孤児だったからです!」


「はは、今だったら前より上手に作れる気がするんだが――」


「勘弁してください!!」


 大きな声で笑い合う二人。

 その姿を陰から見守っていた花精霊オダマキは笑みを漏らした。


(ククククッ――。いい子らだ。花精霊ニーソもオアと似て善き心の持ち主だった。それにサラもオアもいつまでも幼子じゃない。心配無用だろう)


 花精霊オダマキは笑みを深くした。

 だが次には目を鋭く細ませ、


(ククククッ――。だが、罰とはいただけない)


 二人の前へ不敵な笑みを浮かべながら姿を現したのだ。


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