十五輪目「妙な噂」
遥か千年前から厨二病の概念はあったらしい。
新たな知識を得た代償に嗚咽を漏らした翌日。
今日の予定は、【オダマキ・フラトリア】団長のジョンさんと一緒にダンジョン進攻だ。
てほどきご指導ついでに、五階層まで案内してくれるそうだ。
ダンジョンから戻った夕方は【オダマキ・フラトリア】のホームでご飯をご馳走になる約束もある。
一日の楽しみに思いを馳せ、昨晩から元気を取り戻した僕は早朝から活発に動く。
先ずは、昨日メアリお姉さんから貰った硬パンでニーソ様と朝食。
その後に、玄関周りに繁茂する雑草をバッサ、バッサ伐採、撃破した。
建付けの悪い窓を解放し、部屋の換気を取りつつ、一通りの掃除を終わらせてしまう。
ステイタスのおかげで思いのほか早く済み時間が余る。
(出るには少し早いけど――)
「――ニーソ様、いってきます!!!!」
「ああ、オア君。ホームの事はアマナに任せて、気を付けて冒険しておいで! 二人の愛の巣に立派なハンモックを作ってオア君の帰宅を待っているよ!」
近所に誤解を招くようなことは、と思ったが僕らのホームはポツンと佇む一軒家。
心配無用だった。
見通しの良くなった玄関で大きく手を振るニーソ様へ手を振り返し――
いざダンジョンへ向け出発だ。
軽くなった身体を華麗に操り、腰の高さほどある石壁を飛び越える。
「――いよっと」
たった一晩だけど、だいぶ感覚が馴染んだ気がする。
新しい玩具を与えられた子供のように、僕はこれから毎日通る道を楽しみ進む。
中心街に近付くほど人や建物が増えていくが、
……ん?
この匂いは串焼きだ。
工業区に該当する夏区は武具や魔道具を扱う店が多いけど、酒場や宿に食べ物を扱うお店もちらほら並んでいる。
そして、さっきから香ばしい串焼きの匂いが僕のお腹を攻撃する。
ぐぅー。
さすが硬パン一つじゃお腹は膨れない。
今日は春区にも行かないから、果物屋さんを営むアールさんからリンゴも貰えない。
(お腹空いたなあ……)
頑張って稼がないと。
空腹が僕のやる気を上げさせた。
目覚めたばかりのニーソ様にだって、美味しい物をたくさん食べてもらいたい。
「ニーソ様は何が好きかな――」
帰ったら聞いてみよう。
それにしても、つくづく串焼きと縁がないよなあ。
昨日はドタバタした事もあってメアリお姉さんと約束していた串焼きパーティが中止、延期となった。
セフィ・アークシュさんとも食べられていない。
そもそも三年前から一度も話せていないから、セフィさんは覚えいないかもしれないけど―――
程よく体が温まった頃、冒険者ギルドに到着する。
別に初めてじゃないのに妙に落ち着かない。
分かっている、気持ちが逸っているのだ。
呼吸を整え、それから辺りを見渡すと、
「ジョンさん! すみません、お待たせしてしまいましたか?」
「いや、俺も来たところだから気にすんな」
よかった、お待たせしたわけじゃないみたいだ。
「はい! 今日はよろしくお願いいたします!」
「おう。んじゃ、早速だが行くか」
「えっと、ジョンさん。他のみなさんは?」
「……なんだ、俺だけだと不安か?」
ジョンさんはどこか緊張気味に頬を掻いた。
「あ、いえ、そんなことないです」
レベル2のジョンさん一人でも、十二階層までは苦も無く潜れる。
ギルドが公表する階層とレベルの適正、その目安通りなら足手まといの僕がいても、五階層入り口くらい問題ない。
だから不安などない。
けど、猫人族のサラさん辺りはジョンさんに付いて来そうだと予想していた。
「ま、昨日のオアみたいに花紋が刻まれる新人が出ない限り心配はない。それに、確認したところ今日は新人が潜る予定もないみたいだから、俺とオアの二人でも大丈夫だろう」
「確認してくれたんですね、ありがとうございます」
「案内するって約束したからな。けど、次からは自分で確認するんだぞ?」
「はい!」
「うし、いい加減に行くか。人も増え始めてきたし」
「改めて、よろしくお願いいたします――」
――と、始まったダンジョン探索。
冒険者としての初進攻。
一階層で対峙した小鬼相手に僕はお手本のようなへっぴり腰を晒した。
難なく倒せたあとに、ジョンさんに大笑いもされた。
けれど、無駄な緊張から解放されてからの進攻は順調そのものだった。
三年前に一度ゴブリンに奪われたスコップも、今では上手に扱える。
防ぐ、叩く、刺す、斬る、抉る、砂を掛ける――スコップとは万能だ!
経験豊富なジョンさんに見守られながら、ゴブリンやゴブリン。
ゴブリンにゴブリン。
小柄なゴブリンから体格のいいゴブリン。
次々と『ギギャッ』と出現するゴブリンを「ハッ!」と屠り続ける。
ゴブリンに紛れて『ギシャアッ』と、時々出現する『小狼』には「ほわぁっ!?」と驚きつつも「セイッ」と、苦も無く勝利。
三年前では考えられない凄い進歩だ。
ステイタスって凄い!!
そんなこんな。
興奮しながらも冷静に、大きな怪我なく五階層へ到着する。
「はは――。なんだ、オア一人でも危うげなく来られたな」
「いえ、そんな!」
確かに順調に進んで来られたが、ジョンさんがいてくれる安心感あってこそだ。
「ゴブリン三体同時。それに一体とはいえコボルトの相手もできるなら上々。謙遜しすぎもよくないぞ? 右も左も分からないオアを騙すような、弱みに付け込む悪い冒険者だっているんだ、ドンと構えてないと。オアにもその内……団員だってできるだろうからな」
初めてお世話になった【カルミア・フラトリア】は三年前の出来事をきっかけに、ギルドが登録する優良【フラトリア】から要注意【フラトリア】へ格下げされた。
花紋を刻まれていない新人を預かることが認められず、ギルドからの補助金が打ち切られ、最近では余りいい噂を聞かない。
【カルミア・フラトリア】は確かに悪い事をした。
でも、あの時に僕が騙されていなければ何か変わっていたかもしれない。
花の都リーエンで初めて関わり合いになった【フラトリア】だ。
短い期間とはいえ、少なからず思い入れもあるから複雑でもある。
「ダンジョンでは余計なことに頭を使わない。これ鉄則だぞ、オア」
また言われてしまったな。
「そうですよね、ありがとうございます」
「おう。ま、今のは俺のせいもあるけどな」
「いえ! いい復習にもなりました」
「そうか。メアリ・リーンからも言われているだろうが、ダンジョンでは何が起こるか分からない。不測の事態にも対処できるように、余裕を持って行動すること」
僕はジョンさんへ向いて力強く頷いた。
「いい返事だ。不測、で思い出したが今朝ギルドでも妙な噂を聞いたぞ」
「噂ですか?」
「なんでも昨晩、夏区の外れで胡乱げな声が響いていたらしい。ダンジョンの外でもおかしな出来事が起きるんだから、ダンジョンでは尚の事気を付けろよな?」
にやり、と厭らしく頬を上げるジョンさん。
何か揶揄っている気配だけど、その内容には見当も……
「……気を付けます」
「おう、討伐されないように気を付けろよ」
僕は意地悪なジョンさんをキッと睨んだ。




