十四輪目「僕は患っている」
『下界の楽園』で生を営む人々が尊重、敬愛する存在が花精霊様だ。
けど、その中で異質の花妖精が存在する。
かつて、世界の危機に陥れた怪物の王。
【名も無き忘却の巨人】に連れ添う元花精霊は【呪い】や【死】、【復讐】を象徴する花妖精クロユリと伝承されている。
【名も無き忘却の巨人】は怪物達を産み落とし、多くの人々や植物の生を奪った。
【名も無き忘却の巨人】は英雄達の生を奪っただけでなく、遺された人々から英雄達の記憶を忘却させ、世界中に恐怖を蔓延させた。
記憶が失われても遺された記録から、消失した英雄達の名や遂げたことは花精霊記へ写されたが、記録は途切れ途切れであり誰も覚えていない。
そのため、本当に実在した人物かどうか怪しいという話もある。
物語とは脚色が付きものだし、誰かがイタズラで書いた記録の可能性もあり、何より花精霊の女王クロリス様ですら覚えていないからだ。
大切な思い出が徐々に溶け消える哀しみや恐怖は、世界中に不幸をまき散らし人々を絶望させたが、完全に忘れてしまえば貴び哀しむこともできなくなる。
今もなお【名も無き忘却の巨人】と共に、世界を破滅へと誘おうとする花妖精クロユリと同じユリ科の花紋が刻まれた者は、それだけで蔑視され憎悪を向けられる――――。
ニーソ様が花精霊殿でユリ科だと宣言した後。
僕とニーソ様は拘束されたりはしなかった。
顔を蒼白に染めたメアリお姉さんに冒険者登録の手続きをしてもらい、【ニーソ・フラトリア】設立の祝いとして、ギルドが管理するホームの鍵と花精霊樹から採れる無色の種をいただいた。
ホームの貸出料は一年間免除されるらしく、貧乏な僕としてはありがたい支援だ。
少なくとも一年間は寝る場所に困ることはない。
メアリお姉さんの家から少ない荷物をまとめ、僕とニーソ様は『南の夏区』の外れにあるホームへ向け移動するが、その足取りはとても重い。
さっきまで軽かった体が嘘みたいで、意識しないと頭を下げてしまいそうだ。
ニーソ様は六枚の綺麗な花羽を折り畳み、器用にバランスを取り僕の肩の上で三角座りしている。
無言のまま到着したホームは、物置小屋にも見える極小の木造平屋だった。
長らく放置されていたのか、雑草が繁茂し玄関までの道を生え塞いでいる。
まさに夏を象徴するかのような力強い生命力だ。
手で掻き分け進み、鍵を必要としない壊れた玄関扉を開く。
開いた拍子で宙に舞う砂埃がモクモクと煙る。
それを手で払い足を踏み入れ室内を見渡すと、小窓や穴の開いた壁、天井から茜色が差し込む。
ところかしこと伸びた蔓が壁や天井を装飾していて、廃墟にも見える酷い有様だった。
(……でも)
場所によっては雨風を凌げるし、ヒューマン一人と花精霊様が住むには広さは充分だ。
「――アマナとオア君のお城は自然と一体化した桃源郷のようだね。悪くない、アマナは気に入ったよ」
「……すみません、すぐに綺麗にしますね」
せめて花精霊様が眠る場所だけでも、陽が落ち切る前に整えたい。
「もー、アマナはそんなことを言いたかったんじゃない。屋根があり壁がある。それはもう立派なお城さ。ちょっぴり風通しはいいけど、暑いから丁度よくもあるよ」
「確かにその通りですね、住めば都っても聞きますし」
むかし火の不始末でおじいちゃんが家を全焼させた。
しばらく洞穴生活を余儀なくされ、獣の遠吠えに夜を怯え過ごした時を思い出せば、ここは立派なお城だ。
「そうだよオア君。それに、あの子の始まりも……こんな感じだった」
「あの子って、ニーソ様と契約していた方ですか?」
「そう、だね。うん、そう……だよ――――」
溢すように呟いたニーソ様はどこか遠くを見つめる。
うすく微笑んだ横顔は、愛おしそうで、けれどどこか苦しそうな表情だった。
思わず息を呑むほどに美しくも感じたのに、僕はわけもわからず涙が出そうになった。
「それよりオア君、寝床には困らなさそうだよ? こんなに素材はたーくさんある。蔓を適当に敷いてもいいし、こんな風に結べばほら、ハンモックだって作れる。立派な寝床の完成だ!」
「……はい」
千年前に辛い出来事があったのかもしれない。
目覚めた直後には、世界の敵だと突きつけられた。
ニーソ様の方が辛い筈なのに――――
「アマナを思ってそんな顔を作るなら、しばらくはオア君が纏うその綺麗な羽衣の中を貸してくれないかい?」
白き輝きで明るく照らし、僕を気に掛けてくれる。
「――ありがとうございます、ニーソ様」
「いいんだよ、アマナはオア君がいればどこだって構わない。その辺の広場や原っぱ、橋の下や洞穴だってね! 冬じゃないんだ、死にはしない」
「僕も、と言いたいですけど洞穴はちょっと勘弁したいです」
「それなら頑張って稼がないとだね」
「はは……頑張ります」
まだ気持ちが完全に晴れたわけじゃない。でも、
「僕、ニーソ様の花紋を刻まれてよかったです」
「……本当に? オア君はアマナが花精霊で後悔したりしていない?」
ニーソ様は僕の周りに白い軌跡を描き、顔や瞳を覗き、小指大の小さな体を目一杯に動かし一生懸命に励まそうとしてくれた。だから、
「はいっ、もちろんです!」
辛い現実に襲われようとも、この方が一緒ならやっていける。僕はそう確信した。
「そっか……それならよかったよ!」
「はい、それにニーソ様は言っていたじゃないですか。悪い花精霊じゃないって」
途端に目を泳がせるニーソ様。
小刻みに忙しなく動く羽ばたきが、涼しくて気持ちがいい。
「あれは冗談のようなものであってねー……」
じょうだん……冗談?
「え、てことは悪い花精霊様……?」
「違う! アマナはこの輝きの通り、清らかな花精霊さ。もしもオア君が疑うなら、えっと……現世の下界の信仰って何? 誰?」
「花精霊の女王クロリス様と五人の英雄様ですけど?」
「ならクロリスと五人の子供たちに誓うよ。アマナは闇を照らす希望の花精霊で、その契約者であるオア君は人々に希望を与えられる英雄になるって!」
恐れ多く、根拠など何一つない壮大な夢物語だ。
それなのに純白無垢な光を纏うニーソ様が言うと、つい夢を追いたくなる。
「はい――。ニーソ様! 一緒に頑張っていきましょう!」
僕はシュバッ、と広げた手を顔の前に構える。
「お、いいね~! 格好いいじゃないか! こうかい?」
シュバッ、と僕を真似するニーソ様。
早くも物にしたのか僕よりもずっと様になっている。
「さすがです! それなら……――次はこうです!」
「お、そっちも格好いいじゃあないかぁ――……」
掃除そっちのけ。
街の外れにある廃墟にも見える場所で、僕とニーソ様はオダマキ舞い二十三の構えに夢中となる。
最後は適当に敷いた蔓の上で、形見の羽衣に寄り添い合う。
段々と眠気に耐えられなくなってきたなか、ニーソ様は温かな眼差しを僕へ向け……
「でもオア君? 生き生きと目を輝かせる夢中なキミが可愛かったから、ついつい興が乗ったけどね? アマナが厨二病に付き合うのは今夜だけだよ?」
え……笑顔で、眠りに就いたんだッ――――。グスッ――――。




