第11話「これがステイタスの力」
「お……おかえりなさい、オダマキ様!」
僕はシュババッと、両腕を頭上で組み脇を見せる艶やかな第二の構えをとった。
「これでオアがうちの【フラトリア】じゃないって嘘だよー、絶対」
「……珍しくサラと同意見だ」
「サラ、そして団長に同意する」
サラさん、ジョンさん、シアンさんに「うんうん」と追随する全団員。
おじいちゃんが生前教えてくれた。
『人は恥を覚える度に大人になる』
って。
だからこれは僕の成長の証。
でも、
『恥を知って尚、改善しない者はいつまでも子供ですけどね』
ともおばあちゃんが言っていた。
僕はどちらだろうか……?
(せ、成長に決まっているッッ――!!)
「ククククッ――。ともかく、オア。おめでとう」
「――!? は、はいっ!! ありがとうございますっ!!」
僕を『坊』と呼ぶオダマキ様がオアと名前で呼ぶ。
たったこれだけのことなのに、一人前の男になれたと思えて、嬉しさが無性に込み上げてきた。
「ククククッ――。ここに新たな冒険者が誕生したと刻と同じくしてギルド『花精霊殿』から懐かしき気配を感じる」
「花精霊殿……契約者のいなくなった花精霊様が眠りに就いている場所でしたよね?」
「ククククッ――。正確には、未だ知られていない花精霊が生まれる場所でもある。そのことはオアの既知でもあろう?」
セフィさんが花紋を刻まれた三年前、新たな花精霊様が生まれたと聞いている。
「そうでしたね」
「ククククッ――。手配は済ませておいたゆえ迎えに行くとよい。ジョン案内してやれ」
「承知しました」
「オダマキ様、何から何までありがとうございます! ジョンさんもお願いします!」
「おう! んじゃ、遅くなる前にオアの花精霊様を迎えに行くとするか」
「にゃははは~、楽しそうだし私もオアに付いていこーっと~!」
軽快な動きで僕の隣へ並ぶサラさん。
そしてそれを予測していたのか、オダマキ様がサラさんの前までシュババッと空中遊歩する。
「ククククッ――。可愛い一番弟子が旅立つのだから、サラやシアン他の子らはワレが誇る二十三の構えを今日こそ覚えてもらうぞ」
「オダマキ様、それはちょっと――」
「ククククッ――。ならん、シアン。これは主としての命だ。拒絶は許さん」
絶対命令を言い付けられたことで、天を仰ぐシアンさんと顔を青ざめる団員達。
サラさんはゆっくりと首を回し、固めたままの笑顔を僕へ向ける。
これはアレだ。
前にサラさんから髪を梳かしてと頼まれた時にも一度経験している。
ふと尻尾の癖に目が留まり「ついでに」と無許可で櫛を掛けた時に経験したアレだ。
あの時は間に合わなかったが、ステイタスを得た今なら防げるはずだ。
そう瞬時に判断した僕は耳を押さえるのに右手に力を入れるがピクリとも動かない。
どうして?
と、視線を向けた先でサラさんの尻尾が手首に巻き付いているのが見えた。
(いつの間に!?)
いや当然か。
サラさんも僕よりもずっと前から冒険者なんだから。
つまり僕以上のステイタスを持つサラさんが、僕よりも速くそして僕の腕力を上回る力で押さえつけていただけの簡単なことで――――
「――あ、サラさんお手柔らかに」
「オアのばかあぁぁぁぁぁぁっっ~~~~~~~~~!!!!」
制止虚しく至近距離から浴びる不満の咆哮。
ステイタスを得た聴覚がしっかり音を捉えたことで、僕は平衡感覚を失いよろけてしまう。
「あースッキリしたって、ふふ~。なあにオア? もお、甘えんぼさんなんだから~。よしよーし」
落差というか感情の起伏が激しい。
けど、僕を抱きとめ頭を撫でてくれるサラさんの手付きは優しいいから、平衡感覚が戻るまでは甘やかさせてもらおうかな。
そう考えた束の間の内に回復してしまう。
「ありがとうございました、サラさん。もう大丈夫です」
「ごはん」
「へ?」
「オアは今日なに食べたい?」
「えっと、串焼きですかね?」
今朝メアリお姉さんと約束してから楽しみにしていたし。
「春区のが好きなんだったよね?」
商業区でもある春区で売られる串焼きが、一番美味しいとメアリお姉さんが言っていたし、確かに感動する程の美味しさだった。
でも、サラさんは突然どうしてそんなことを訊いてきたのだろうか。
「そうですけど……?」
「わかった。オアのために、美味しそうなお店で買ってきてあげるねっ!」
「どうしてサラさんが?」
「バカだなあ、そんなのオアが冒険者になったお祝いだからに決まってるじゃーん」
「僕は、別の【フラトリア】なのに……いいんですか?」
「オアは私の弟なみたいなもので、私たち【オダマキ・フラトリア】からしても家族の一員みたいなものなんだからさ? おめでたい日に家族でお祝いするのは当然でしょ~?」
「サラさん……」
「にゃはは、でもなんかちょっと恥ずかしいね? こうして言うと」
ニヘラと笑ったサラさんは、気恥しさを誤魔化すように僕の頬をつつく。
「ありがとうございます。すごく、嬉しいです」
「うんっ! 美味しいご飯も、シアンとみんなで作っておくから終わったら早く帰っておいでね!!」
「はい!! あ、でも……」
「でも?」
「えっと、その、今日の夜はメアリお姉さんと『串焼き』を食べる約束をしていて……」
「じゃあ、明日!! お祝いさせてよ」
サラさん、ジョンさん、シアンさん。他の団員も、優しく頷いてくれる。
空気の温かさが家族って感じで、僕の心を嬉しさで一杯にさせた。
「うしっ、決まりだな。これ以上花精霊様をお待たせしても悪い。いい加減に行くぞ、オア」
ジョンさんの言葉を合図に、手を振り見送るみんなへ深く、頭を下げる。
それからもう一度、大部屋を出たところで頭を下げ、上げると。
「オア――。オア・レヒム」
「へ? ……はい――」
お馴染の枕詞がない。
神聖さを纏い放つオダマキ様に、この場にいる全員が気圧された。
「ワレはオアの素直でひたむきな性格を好いておる」
「はい――ありがとうございます」
オダマキ様は鷹揚に頷いた。
「冒険者に限らず、生とは、楽しくも辛い未知が必ず訪れる――。それでも尚、オアが清く白い魂を濁らせず進んで行けるとワレは確信している」
頷く僕の前までオダマキ様は飛行する。
「これからの、オアの冒険が希望に溢れる未知であらんことをワレは祈ろう」
「はい、この花紋の花精霊様と共に励んでいきます」
「ククククッ――。うむ。オア、達者でな」
「はい! ところでオダマキ様は、明日は都合が悪いのですか?」
激励は嬉しかった。
でも、暫らく会えないような挨拶と思ったのだ。
「ククククッ――。ワレはこれでも花精霊。何かと忙しい時もあるのだ」
残念だけど二度と会えなくなるわけではない。
また別の機会に、と挨拶して大部屋を後にした――――。
「……オダマキ様、変じゃなかったですか?」
「あの方が分からないのはいつものことだからな。まあ、それよりもほら。今はアレから免れた事を喜ぶとしようぜ」
ジョンさんは大広間の扉へ向け顎をグイッと示す。
聞こえてきたのは七人分の「ククククッ――」合唱だ。
「ええ、まあ、そうですね」
複雑だ。
今朝までの僕は嬉々として行っていただけにアレを免れて嬉しいのか。
それとも混ざれなくて悲しいのか。
複雑な思いに頭を悩ませたけど、それはほんの一瞬だった。
頭では理解っていたつもりだった。
三年間休まず体を鍛え続けた事が意味をなさない。
万能感すら覚える力で、この走り慣れた道を羽みたいに軽くなった体で駆けることが、これまでの何倍にも楽しく感じて、悩みなど吹き飛ばしたからだ。