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第01話「これがもしかして愛の逃避行?」

 不条理、と聞いて思い浮かぶものは自然災害だろう。


 経験則から被害の抑制や予防策を取ることはできるかもしれない。


 けれど、普通の人は雷に打たれたら死ぬし、こぶし大の雹が頭に降ってきても死ぬ。

 雨が降り続ければ作物が死に、やがてその作物を糧に生きる生物が死ぬ。


 天災のようのな理不尽が不条理だと、おじいちゃんが口癖のように言っていた。


 不条理とは、なんて恐ろしい怪物なんだ。


 初めて話を聞いた当初、幼い僕は恐怖から泣きそうになった。


 おじいちゃんはそんな僕を見ると、慰めるどころか「この世で一番の不条理は何か分かるか?」と、目尻を下げる優しい顔で訊いてきた。


 僕は、泣くのを我慢して一生懸命考えた。


 そして答えた。


「怪物の王?」


 と。


 約千年前世界中に不幸の種をまいた史上最悪の怪物モンスター

 討ち滅ぼすことが人類の悲願であり、この世界で生きていれば誰もが知る怪物。


 だから、おじいちゃんがした問い掛けの答えはこれしか考えられなかった。


 でも、おじいちゃんは首を振った。


 それから口角を上げ歯を剥き出しにさせた。


「この世で一番の不条理は冒険者だ!!!!」


「冒険者?」


 訊き返した僕におじいちゃんは、まるで子供みたいに輝かせた目を向けた。


「そう、冒険者とはな? 雷に打たれたとて平気だしその雷よりも優しい雹なんて当然へっちゃらだ。高位の冒険者になれば数カ月食べずとも生きられる。さらに言えば、自然すらも味方に付けるのが冒険者なのだから、これほど不条理な存在は他にいないだろう?」


「冒険者ってかっこいいんだね!!」


「ああ、そうとも! 千年前には鳥のように、いやそれ以上に空を自由自在に飛ぶことのできた冒険者だっていたんだぞ?」


「!? 僕も鳥さんみたいに飛べるようになりたい!!」


 僕は単純で、たったこれだけで怖い思いが吹き飛んだ。


 それから、おばあちゃんの育った村にいたとされる空を飛べる冒険者の話を聞かせてほしいとねだり、冒険者がかっこいい存在だと認識した。


 この世界、『下界の楽園エデシア』の基となった、原初の冒険者にまつわる【花精霊記】では、哀しさから涙を流した。

 怪物の王を封じて千年前に起きた絶望から世界を救った英雄譚には胸を熱くさせ心震わせた。


 他にも現在にまで残されている多くの逸話を何度も毎日のように聞かせてもらい【冒険者】という不条理を知った。


 僕が冒険に憧れた理由としてはこれで十分で、


 ――世界を守りたい。人々や花精霊様を守れる男でありたい。

 ――子供たちや女の子に憧れを抱かれる男になりたい。


 と、そんな僅かな功名心も抱きつつ、先ずはこの世界で生まれた誰もが体内に宿す花の種子を発芽させ、ダンジョン攻略を生業とする冒険者となる。


 やがては誰かにとっての不条理になりたい――――。


 僕の中で確かな夢の種が芽生え、憧れる間に数年が経った。


 気が付けば僕は十二歳となっていた。


 今はまだ誰かの不条理になれていない。


 けれど、僕はこの日初めて怪物の王が封じられる『破滅の地下牢獄リザドネリ』。

 通称ダンジョンへ進攻アタックした。


 探索は順調そのもの。

 一階層、二階層、三階層と、遭遇したのは逸れ小鬼ゴブリンだけ。

 危険などなかった。


 つい、数分前までは――――



「――はっ、はっ」


 僕は今走っている。

 全力でダンジョン五階層・・・を駆けている。

 どうにもならない不条理に飲み込まれないよう、迷った先で出会った一人の女の子と逃避している。


 おばあちゃんが昔話してくれたけど、これがもしかして愛の逃避行?


 いいや違う。

 だって追い掛けてくるやつは、愛を邪魔する何かじゃない。

 愛どころか、命を刈り取ろうとするゴブリンだもん。


「はっ――はっ――」

 並走する女の子からも荒い呼吸音が聞こえてくる。

 体力はまだ平気だろうか、横目にチラッと様子を窺う。


「――ふ、ふふふっ」

 笑ってる!?


『ギギッ』とか。

『ギギャギャッ』とかとか。

 背後から届くゴブリンの声に怯え、恐怖の余りに頭がおかしくなったのか!?


 けど、それも仕方ないのかもしれない。


 僕と同じ走力と考えたら、きっとこの子も初めてのダンジョン進攻なのだろう。

 体内で眠る種子は未だ無反応。

 ステイタスを発現していない冒険者もどき同士、地上へ戻る道も分からない。

 か細い女の子には堪えてしまう条件がふんだんに揃う、絶望的な状況で笑いたくなってしまったのだろう。


『ギャッギャッ!』笑い声を上げ、手を叩くゴブリンたち。


 愉快だ。

 僕らはこんなに死にもの狂いなのに。

 獲物を追い詰める狩人のつもりか、単なる遊びや暇つぶしなのか分からないけど、ゴブリンの気まぐれで生かされていることは分かる。


(死にたくないっ!)


 僕もちょっと笑って恐怖を誤魔化そうかな。彼女やゴブリンを見習って――――


「ぎゃは、ふははははははははははははははははッッ――――!!!!!!」


 ゴブリンに追われ女の子と並走して笑う。


 駄目だ。頭がおかしいのは僕の方だった。



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