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Ⅳ時限目(16)

 一学期の終業式に、私は購入したばかりのカッターシャツを着た。夏休み明けにすれば良いではないか、と世間の大半は意見するだろう。理由はごく単純だ。親父からの駄目出しに、御していたはずの闘争心が燃えたためである。

 フォレストグリーンのストライプは、割と受けが良かった。学年集会の待ち時間に「ダニーが垢抜けている、女でもできたか」と生徒は早速、考察を始めていた。跡見さんの視線が、いつにも増して鋭かったように思う。

「鶯谷先生といえばグリーン、グリーンといえば鶯谷先生ですよね! 二学期までに色違いのブラウス、見つけちゃおうかな」

 目白先生が反応しないわけがなかった。仮にジャージだったとしても、褒めるポイントを少なくとも一つは用意していそうだ。


 やつあたりぎみな学年主任の挨拶から始まり、各クラス担任の話、生徒指導と進路指導担当の諸注意、生徒会による文化祭準備のお知らせで終わった。退屈だと露骨な態度に出ていた生徒達が、文化祭の「ぶ」を聞いた瞬間に、目を輝かせた。行事に力を注げる点では、他校に負けていない。

 極彩色の空へ駆けていった生徒を送り出し、私は旧校舎に入った。暑さを越えてひと回り成長した彼と彼女達に再会する日まで、ジゲンの研究に没頭だ。ゲートの暴走を、比較分析するか。

 資料を読み漁っていたら、扉が三段階にわたって開いた。そろそろ修理が必要になってきたか。後ほど技術員に相談しよう。

「マー坊、小型クーラーとアイス持ってきたったでー」

 頭にタオルを巻いた田端先生が、ロロ達を引き連れて来られた。

「相変わらず片付いておらぬのう。虫と鼠に追いやられてしまうぞよ」

 目黒先生はますます着膨れていた。トレーナーには「ヴァーナ」が鍋で煮られている絵がある。涅槃だな。私にでも解けた。

「真坊ちゃん、お暑い中お疲れ様です。ひと息つきましょうね。大きくなられましたが、冷たい物の食べ過ぎは、めっでございますよ」

 ロロに警告されると、破るわけにはいかない。抱えていた保冷バスケットの中が騒がしかった。おそらく「季節の小人」がつまみ食いしているのだろう。

「……跡見さんは、部活だったのかな?」

 本棚の側面に背をくっ付けていた跡見さんは、返事の代わりに蒼いハイビスカスを投げた。

(図書室よ。夏休みの宿題を済ませてきたわ)

 この四十日は、文化祭用の小説を書くことに費やすのか。跡見さんらしい。文集に期待しよう。

「ほんま、休校にならんと終業式を迎えられて、ホッとしたわ。あんたらのおかげやで!」

 スクエイア一同、顔を見交わした。身近な人から気軽に感謝されれば、充分だ。

 私達が毒の石を消し去ったことを、ジゲンⅢでは公表していない。目黒先生と跡見さんに頼んで、人々に「石の増殖は、一過性の現象」と認識させたのである。ジゲンⅡにも話を合わせてもらうよう、ロロに教皇へ伝えてもらった。

「あんたらは表舞台に出たらええと思うけどな。地球が石の惑星になるとこやったんやで? だらだらのほほん口ぽかーんと開けて、当たり前みたいに生きてる奴らに、ほんまのことを教えたりたいわ」

「お気持ちは理解していますが、皆で話し合って、そう決めたんですよ。田端先生」

 現代に英雄は、不要だ。求めたければ、小説や絵画などにあたってもらいたい。スクエイアに、戦乱を瞬時に鎮められる力、不治の病と望まぬ別れを取り消せる知恵、その他諸々を解決できる手段は持っていないのだから。

「そうかー、しゃあないな」

 田端先生は少年のように笑って、板チョコ入り最中アイスの袋を切った。

「クロエ先生は、教職を続けるんか?」

「噂でも流れておったのか。辞めるとは言っておらぬがのう」

 どれにしようか指を振っていた目黒先生は、高級志向がコンセプトのカップアイスを選んだ。

「つながりの塔に遺っておったゲートは開放したのじゃ。ジゲン同士の交流が、かつてのように盛んに行われるじゃろう」

 インナーシールをめくり、窓辺に置いた。柔らかくさせるつもりか。王は、ベストな召し上がり方を心得ている。

「政務に追われる日々が待っておるじゃろうが、両立させるぞよ。これまでこなしてきたのじゃ、王は成すと決めたことを投げ出さぬ! ふはははは!」

 ジゲンⅢ諸国の統治者に、聞かせてやりたいものだ。

「ロロちゃんとチビらは、あっちに帰るんやったな」

「はい。いきさつを教皇に改めて伝えなければなりませんので」

 ロロは、私と跡見さんにアイスを勧めた。私はメロン型容器が有名なシャーベットを、跡見さんは黒胡麻餡の白玉パフェを取った。

「以前お話ししました、ハイキングに出かけられた方々は、すっかり良くなりましたよ。あさって、湖ゾーンで初めての水遊びをされるそうでございます」

「素敵な思い出になるだろうね」

 苺シロップのかき氷カップを渡すと、ロロは外見と相応な歓声を上げた。

「おじさま達がお休みの間に、一度伺いますね」

「一度やなくて、毎日遊びに来てや!」

 田端先生は号泣された。ロロが忙しいうちは、私がお宅へ伺おう。目的の半分は、奥さんの料理であるが。

「今年も、ジゲンⅢで過ごすのかな?」

 私の隣で白玉を掬っていた跡見さんに、訊ねる。

(仮初めでも、家族がいるから。お盆のために、新しく花束を折ったのよ)

「君ぐらいの娘さんを、亡くされていたんだったね」

 跡見さんはスプーンを持つ手を止めた。

(あなたがこの町の学校に来ると知って、入学の手続きをしていたら、事故の現場に居合わせたのよ)

「そうだったのか」

(なぜその子の代わりをしたのか、分からないのよ。似た境遇の家庭は、たくさんいるわ。矮小な人助けね)

 虚しさが込められたハイビスカスの折り目を、私はなぞった。

「すぐそばの悲しみに無関係なふりをしなかった君は、偉い」

 跡見さんは顔を背けた。紅潮していたようだが、指摘は差し控える。

「次は卒業するんだぞ」

(…………ウグイスダニが去るまで、いてはいけないかしら?)

 容器に蓋を被せ、食後の挨拶をしてから、跡見さんにこう返事した。

「あと三、四年はいるだろうけれど、その前に中学の勉強に飽きているはずだ。進学しなさい」

 跡見さんはアイスを深く掬って、頬張った。

(彼とは、心ゆくまで話せた?)

「ああ。三十年分まとめてな」

 実は今朝、母より、寝過ごしたと電話があった。幸い会社に遅刻しなかったが、部下が打ち震えたらしい。年中、始業の一時間前に着いているため、異常事態だと心配されたのだった。きっと、親父が良い夢を見せてくれたのだ。

「マー坊、飯まだやろ? 出前取るんやけど、俺の準備室で食わへんか。あんたらもな。バカンスの計画立てるでー!」

 どうやら、研究に傾注していられなさそうだ。私は、錆びた回転スツールから立ち上がった。

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