Ⅳ時限目(育児日記)
マコ、一歳と九日
朝っぱらから「んぎ」やら「あんぎ」としゃべる。膝を曲げ伸ばしして「キー!」とも叫ぶ。電車のおもちゃをあげたが、投げ捨てる。マコはピッチャーの才能があるかもしれない。さすがは俺の息子だぜ。
マコ、一歳と十八日
俺のズボンに引っ掛けてたやつを、一生懸命に指差している。まいったな、バイクの鍵だゾ。ホイっとやるわけにゃいかないんだ。大事な物だからさわらないでくれ。しつけは難しいな。
マコ、一歳と三十三日
バイクの鍵を諦めたかと思えば、クレヨンを取ってきて、壁に何か描きはじめた。今日は緑だ。マコは赤が好きだったんじゃないのか。子どもの気分は短時間で変わってしまうみたいだなア。隣の出也と同じだ!
怖い母ちゃんは稼ぎに行っているし、飽きるまでらくがきをさせる。マコが「あんぎ」を連呼する。おれは絵を目にして、言葉を失った。
マコが、ジゲンゲートの鍵を描いたのだ。どうして知っているんだ? 「鍵を持つ人」の話は、まだ読んでやっていなかったぞ。
もっとおれをしびれさせることが、三秒後ぐらいに起きる。はっきり「かぎ」と発音したのだ。「かぎ、どこ」までしゃべりだす。
こんな時、まともな親だったらビデオカメラを回すんだろうな。二語文だぜ? 天才生ませてしまったか? 男の子は言語の発達が遅くなりがちなんじゃなかったのか? なんてはしゃいでさ。でも俺は、自称ジゲン研究者だから『ジゲン見聞録』を持ってきて、ここに書きつけるんだ。
マコが自分の正体に気づいた。『ジゲン見聞録』の冒頭を暗誦させてみたら、全部合っていた。
ちきしょう、早過ぎるだろう。神や仏、とにかくおれ達より遥かにでかい存在に、唾を吐いて蹴りを入れてやりたいよ。
マコには、マコとしての一生を送ってほしかったんだ。マコがちっこい布団で寝まくっていたある日、緑の鍵を握りしめていた。おれは母ちゃんにばれないように、それを頂戴した。あの時は普段以上に神経質だったからな。先端で顔に傷がいったらだめだ、飲んでしまったら命に関わるとか騒ぎかねない。
まさか「鍵を持つ人」の親になるとはな。おれ、センコーになんでも反抗して、ろくに勉強してないから、スクエイアのための特殊な教育なんか、できなくてさ。マコにやってやれるのは、飯食わして、ボール転がして、駅までベビーカー押して踏み切りと電車を見せてやるぐらいだ。
「普通」を決め込んでいるやつらと違う、ってのは、疲れるんだ。まず、注目される。たいてい「変だ」と反応する。面白がったり、不快がられたりする。次に「この人は〇〇だから」で済まされて、敬遠されるんだ。最後には、群れやがって陰で悪口を言う。
マコ、おれには分かるんだよ。おれ、ジゲンⅢとジゲンⅡのハーフでさ、周りが放っておいてくれなかった。親は「気にするな」「胸を張れ」と励ますけど、そんな強いメンタル持てないんだよ。こっちは少数派なんだぜ? どう食らいついたって数で負かされる。グレるのも、わけないだろう。
マコに泣きべそかいてほしくないから「鍵を持つ人」だってことを、忘れていてもらう。工具ボックスを久々に出すぜ。AMラジオのある周波数が、ジゲンⅣのメッセージ送受信に使われる波動に似ているんだ。ラジカセをいじって、蒼き薔薇の乙女に頭を下げてくる。ついでに、マコがひとりで外遊びする時、危ない物や怖いことが無いか見ていてもらう。
マコ、ジジイになって「愉快で幸せじゃった」と子孫に自慢してやれ。




