Ⅳ時限目(5)
ドアノブを下げて押すと、古びた紙の匂いが一気に流れ出た。無造作に積まれた本、引き出しが半開きの机、褪せた地球儀、親父の痕跡がくどいほど有った。
「いつお帰りになられても戸惑わないように、善美おばさまはそのままにしておかれたのでございますね」
ロロは本当にまっすぐな子だ。仕事に明け暮れていて、掃除を怠っていたとは考えない。
「研究ノートは、こちらに」
綿がはみ出した椅子の横に、小さな冷蔵庫が設置されていた。プラグが抜けていて、私は背筋が凍った。三十年以上経っているのだ。禁忌の箱ではないか。
「元々壊れていましたので、書類入れにされていたそうでございますよ」
なるほど、母が不用品をすぐに処分するわけだ。
「全然開かないな」
力を加えているが、動かない。早くも加齢による握力の低下か?
「ヨビトララ・ケヒ」
冷蔵庫が黄色く光り、簡単に開けられるようになった。
「ありがとう」
「坊ちゃんのお役に立てることが、わたくしめの喜びなのです」
上下段共に、B5サイズノートが隙間なく収められてあった。親父、無理に閉めたな。
「コツがいると仰っていました」
ロロの丸みを帯びた指が、中央を押す。一番上のノートが徐々に手前へ出てきた。
「抜き取らせていただきますね」
慎重にロロが引っ張り、一冊を得た。西暦が表紙に書いてあった。私が生まれる六年前だ。
「下にいけばいくほど、新しいんだろうね」
私は仕切りを外して、ノートを床に並べた。
「マコ成長記録……?」
生き別れの姉がいたなど、聞いたことがない。首を捻っていたら、ロロが微笑んで私に手を向けた。
「真坊ちゃんでございますよ。おじさまは、たいそうかわいがっていらっしゃったのです。だっこされなかった日はございませんでした」
赤面した。子どもを持つと、誰もがそうなってしまうのだろうか。
「お読みになってはいかがでしょう?」
「君が興味津々なのでは?」
「わたくしめは、さらっと目を通させてくだされば、嬉しゅうございますので!」
この子は案外、頑固なのである。私が幼かった時は、両者譲らずたまに喧嘩をしていた。大人である今は、要望を呑んであげられる。さすがに危険を伴う願いは聞けないが。このジゲンの小学生に比べたら、ましだろう。
「では、これを読んだら、研究ノートを手分けして調べるよ」
「かしこまりました!」
友達が喜んでいると、私もつられてしまう。写真では窺えない、父子の日々を辿ろう。




