Ⅳ時限目(2)
私にとって、母親のシンボルはパンツスーツである。エプロンから連想する人物は、田端先生だった。ホームドラマにエプロン姿の主婦が登場していると、違和感を覚えてしまう。
三十三年息子をやっているが、他の服装を見たことがない。アルバムはどれもスーツだ。サスペンダーにワイシャツの親父と並ぶと、刑事またはスパイのコンビだった。
「おかえりなさい、真さん」
威圧感あるお出迎えであった。そのつもりではなくとも、高身長と凛々しい顔が黙ってくれない。
頭を下げ、手洗いとうがいを済ませる。ダイニングにはアイスコーヒーが置いてあった。
「クッキーとマドレーヌを買ってきました。どうぞお召し上がりください」
「ありがとう」
休憩の際につまんでくれたら幸いだ。
「田端先生に夕食を誘われています。母さんもいかがですか」
壁時計の秒針が、なぜか耳に障る。
「ごめんなさい。急遽、出張に行くことになりました」
「新幹線は、間に合いますか」
流し台に立った母は、麦茶を飲んだ。
「心配いりません。田端さんによろしくお伝えください」
私は空にしたコップを、カウンターまで持っていった。
「一週間はおりませんから、鍵を渡します」
「帰る時は、先生の奥さんに、でしたね」
母が頷く。食器洗いを終えると、私の真正面に来た。
「実さんを越しましたね」
背丈のみであるが。
「一緒に出ましょう。もちろん、田端さんへのお菓子は用意してありますね?」
巣立っても、子を気にかけるのが親の性らしい。
「はい」
紙袋があったと確かめた母は、トラベルバッグを玄関へ運んだのだった。
ごちそうをいただいたら、アパートへ衣類などを取りに戻ろう。




