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Ⅳ時限目(1)

 体育大会を終え、私は打ち上げを固辞して自転車置き場へ直進した。

「おーい!」

 サドルに跨りかけた私に大きく手を振って、田端先生が走ってこられた。

「クロエ先生から聞いたで。実家帰るんやってな!」

 田端先生のお宅は、実家の隣である。普段は反対方向なので、道すがら話さないかとのお誘いだ。

「俺ん家にも寄るやんな? 母ちゃんにおかず増やしてもらっとくわ」

「もちろんご挨拶に伺いますが、奥さんに気を遣わせてしまうのはちょっと」

「十数年ぶりなんやから、ええんや。後で公園寄らせてくれ。電話ボックス入るわ」

 よっこら庄一、と田端先生はキャリーケースの紐を肩に掛け直した。

「荷台に乗せましょうか」

「頼むわ」

 私はキャリーケースを受け取った。

「ロロちゃんと、チビらの絵や。最近、緑の石とか学校荒らしでうるさいやろ。いくらジゲンⅡに繋がってるいっても、あっちに放置はまずいしな」

 市内西部の中学校にて石が発見され、完全に撤去されるまで臨時休校になった。エネルギーが有り余っている生徒の一部が、他校に夜忍び込んでストレスを発散していた。教育委員会は至急、対応策を検討している次第だ。

 荷台に絵を固定し、自転車を押した。田端先生が空いた手を首の後ろで組んで、横並びに歩く。

「仕事終わって打ち上げって、ふざけんてんのか。なあ? 俺らクタクタなんやぞ。学生か! ほんまに」

「呑む口実なんですよ。とぐろを巻いて、不毛に愚痴をこぼす。私生活が充実していません、の看板を下げて、傷を舐め合っているようなものですよ」

「ボロカス言うてるわ。あんた、めっちゃ疲れたんやな」

 先生の所業は、許した。とんでもない過程を踏んでいるが、結果的に仕事が回っていたのだ。次回、留意していただければ良い。

「目黒先生は、先生方と?」

「今朝の埋め合わせなんやと。それと今夜の店に、あいつんとこの国民が働いてるから激励するそうやな」

 校門を出て間もないのだが、田端先生は大量に汗をかいていた。ズボンに垂らしていたスポーツタオルで、顔や首筋を強く擦る。

「偉そうな奴やけど、ほんまに偉かったんやな。俺は、あいつみたいな庶民と同じ目線に立ってる王様、嫌いやないで」

 分身を用いた指導法は相変わらずだ。将来、ジゲンⅢに移住したジゲンⅠの民が、快適に過ごせる社会を作ってもらうため、目黒先生は現地の子どもに教育を施している。

「それよりもや。跡見がスクエイアやったんは、びっくりしたわ。ジゲンⅣ出身やったんやな」

 独りで、時と蒼の世界に住む乙女アドミニスは、跡見仁子と名乗り、明鏡(めいきょう)中学校に在籍していた。

「跡見の担任を四年してて、やっと背景をつかめたわ」

 跡見さんは二周目の二年生である。

「マー坊が異動してきたんも、四年前やろ。ポンと二年の名簿に載ってて、卒業するかと思いきや、入学式に混じってたんや。校長は適当やな」

 彼女が私にどんな感情を抱いているかは、田端先生に伝えていない。

「もっとびっくりしたんは、マー坊もスクエイアやったことや。俺の近くに、各ジゲンの選抜メンバーがおるんやぞ。サインもろとこかな」

 プレミアが付くかどうかは分かりかねる。

「ほんで、善美(よしみ)先輩には連絡したんか? いきなり行ったら、叱られてまうで」

 母・善美は、スケジュールに無い予定が入ることを嫌った。私が小学生の頃、友達を連れて来たら、拒否された。仕方なく公園で遊んだ後、和室へ呼び出され、一言の説教を食らった。母は寡黙な分、発される言葉に重みがあるのだ。

「手土産と最敬礼で臨むつもりだったんですがね」

「アホ、10円サービスしたるから、先にかけとけ」

 私は、自転車を花壇の辺りで止めた。中折れドアを開けてくださった先生に礼をし、電話ボックスに入った。

 親不孝に目覚めたおじさんではない。「鍵を持つ人」の蓄積した生涯が脳を占拠して、現実の細やかな気配りが一時抜けていたのである。

「どうやった?」

「来週にしてほしいようでしたが、押し切りました」

 公園を通り抜け、商店街に出る。南茶亭製菓(なんちゃていせいか)の支店は等閑視して、二軒隣の洋菓子店に寄った。

「ロロちゃんのおやつには、よう南茶亭のを買うたってんのにな」

「自社製品は喜べないでしょう」

 田端先生は、棹物のように太く長い「あ」を発した。

「製品開発部の課長やったな。先月の朝刊にインタビュー載ってたで。切り抜いてるけど、いるか?」

 柔らかい表現でお断りした。

「あんたの腹を空かさへんために、先輩は全力で勤めてきたんや。旅行とかプレゼントするんやぞ」

「……そうですね」

 親父を連れ帰ったら、多少は人心地がつくだろうか。

「マー坊、泊まってくやろ? 明日の昼、ステーキ食いに行かへんか。三組の優勝祝いや!」

 腕を曲げて、力こぶを私に見せた。肉を日々食べる人は、元気だ。あと五十年はご健在だろうと思われる。

「また手袋やな」

 すれ違った親子連れに、先生が顎をしゃくった。洋菓子店にも、先客がはめていた。毒の石対策で市が配っている物だ。

「休校してるとこは、オンライン授業で遅れを取り戻すんやろ。俺らもやらなあかんようになるんかな。そろそろ一学期が終わるんや、このままいけたら御の字なんやけど」

 石に警戒する意識が高まる一方で、誤った情報が人々を不安にさせている。毒におかされた人と最後に接触した者は、三日以内に石と化す、などである。身内が石になって、差別を受けているケースもあった。

 ジゲンゲートの暴走を、止めたい。スクエイアの証があれば。親父よ、どこにしまい込んだのだ。

「スクエイアの仕事道具を探すんが目的やってもな、近況ぐらい話すんやぞ。肩、揉んだれよ!」

 鍵に山ほど付けたキーホルダーを鳴らして、田端先生は先に玄関に入られた。

 襟を正して、深呼吸する。インターホンを押すだけで、喉が渇く。

「母さん、真です。ただいま帰りました」

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