Ⅲ時限目(14)
私のジゲンに、あの人が入ってきた。最初の出会いだった。お散歩をしていたそうだ。
「珍しい色の薔薇ですね。これまで目にした青の中で、一番美しくて、深みがあります」
怖がらないで話しかけてくれた異ジゲンの住人は、あの人だけだった。しかも、私が私だといえる物を、心の底から美しいと言ってくれた。
「もし、忙しくなければ、一緒に歩きませんか?」
深淵に浸かっていた私の体が、たちまち浮かび上がった。私はあの人を知ろうとしている!
「良かったです。故郷のジゲンⅢでは、孤独でしたから。あすこでは、人がひしめいていて、居場所が少な過ぎるのです」
私達は、お互いに抱えていた寂しさを埋め合うために在る。これまで私がひとりだったのには、意味があったのだ。熱を帯びた何かが、胸を起点に流れ、私の隅々をを巡っていた。
ジゲンを渡りながら話を聞いていると、あの人もスクエイアだったことが分かった。ますますそばにいようと思った。
でも、あの人の時間は、とても短かった。百年はおろか、五十年持ちこたえられるか不確かだった。あの人が冗談めかして、一日を越せるかどうかは運次第だと言っていた。
あの人が握らされたジゲンゲートの鍵は、はかない命に、重しを乗せた。ゲートを四基閉じると、あの人は魂だけになる。別の人間として生まれて、スクエイアの役目を果たす。ゲートと鍵を作ったのは、誰だ。あの人をスクエイアにしたのは、誰だ。あの人はいつまでもジゲンを救わなければならないではないか!
私が、あの人を楽にしてみせる。
あなたを不安にさせる物事を、私が取り除いてあげる。長い時を共にしましょう。
「君の気持ちは、ありがたく思う。でも、そばで困っている人達がいるんだ。行かないと」
後でね、の後は来なかった。あの人は、ジゲンゲートを閉じて、ジゲンⅢから消えてしまった。
スクエイアは、あなたの他にもいるわ。あなたが死なないで暴走を止められる方法を、考えましょう。
「そう声をかけてもらえるだけで、胸が温かくなるよ。全部任せろ!」
自分のことは、二の次だった。決して、負わされた運命を他人に肩代わりさせなかった。私に手を振って、ゲートへ走り、帰らぬ人となった。
五百年、四百年、三百年前、それらの間も、さらにもっと昔も、ゲートの暴走がしきりに起こっていたのに、なぜ秘密にするの?
「スクエイアが墓場まで持っていけばいいさ。無関係の人達に怯えて暮らしてほしくなくってね」
また、別れなければならないのか。鍵を取り上げたけれど、あなたは笑って、私を咎めなかった。鍵は、ご主人様へ飛んでゆき、最期を共にした。
ゲートは全て、燃えてしまって構わないわ。あなたが無事でいられるなら、ジゲンのつながりが断たれたって、全然痛くもかゆくもない!
「いけないよ。スクエイアは、どのジゲンの住人が笑顔でいられるように努めなくては」
待って。あなたがこの先、どんな行動をとるか、言い当てられるの。鍵をかけないで。嫌よ、戻ってきて。私が代わりにゲートを封じるから。あなたはここにいるべきなのよ。鍵を捨てて。スクエイアを辞めて。お別れは、たくさんよ…………!




