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Ⅲ時限目(12)

「Aブロックの結果を申し上げます。一位教……」

 一切の音が途絶えた。私以外が半端な体勢で静止している。蝋人形か銅像の国にすり替えられたようだ。

 手に蒼い花弁が舞い落ちる。あの薔薇だ。顔を上げると、時計台に人影があった。

「君か」

 二年三組出席番号四番、跡見仁子。長針に足を乗せている彼女は、体操着を纏っていなかった。

 着物とドレスを掛け合わせた衣服に、編み上げブーツ、髪には折り紙の薔薇、身に付けている物は全て蒼だった。

(丁寧なマホーね。小さい子)

 私は右へ跳んだ。勘が働かなかったら、折り鶴がロロに刺さっていたところだ。

(いつまでも、しがみつかないで)

 鉢巻が緩み、元の姿で地面に横たえられた。

「大丈夫か!」

「マホーが、破られました……」

 ロロの震える手が、私の影を指し示す。折り鶴の嘴が、腕を貫いていた。

「痛むか?」

「けがはしていません。ですが、少し心にこたえました」

 スカートに付いた砂埃を払うロロを、跡見さんは軽蔑のまなざしで見ていた。

(精神面でも小さいのね。本当に、教皇が能力を評価しているのかしら)

「次はさせません!」

 数百の折り鶴が文字盤を囲み、私達を目がけて飛来する。

「レミチアレ・ニワサラガ」

 ロロが、輪切りのレモンを模したバリアを張った。

「坊ちゃん、どうかお逃げください!」

 退いては、彼女の計算通りだ。私がロロを守るだろうと見越して、影に折り鶴を飛ばした。彼女の狙いは、スクエイアだ。ロロが私を避難させることを予想している。ロロが一人になれば好都合なのだ。

「お早く!」

 鶴の群れにつつかれて、バリアがひび割れてきている。目黒先生に血を流させたのだ、躊躇と容赦が無い。

「ロロ、煙幕のマホーはあるか?」

「目くらましでございますか。綿あめを出すマホーなら……クシメセ・モアマイマ!」

 薄い黄色の綿あめが、グラウンドと上空に広がってゆく。私はロロをおぶって、跡見さんに背を向けて疾走した。

(潔くないわね)

「内輪揉めはやめなさい。ゲートが暴走して、ジゲンⅢに毒の石が増えているんだ。何も知らない住人が触れて、石にされる危険がある。他のジゲンに及ぶ可能性がゼロと断言できない」

 逆上がり補助器の裏に隠れ、ロロを降ろす。策を練りながら、跡見さんに説得を試みる。

「人々は石を警戒して、外出を控えるだろう。交通規制がかかり、産業・農業等に打撃を受け、経済に少なからず影響が生じる。ジゲンⅡが石を無害化するマホーを使えるが、いずれ人材不足に悩まされるはずだ。解毒剤をジゲンⅠの専門家に開発してもらっているけれども、全ジゲンの住人が安全に服用できるまで、どれほどの年月を要するか分からない」

 菓子の雲間に、跡見さんの蒼い瞳が光っていた。

「各ジゲンは閉鎖した生活を強いられ、交流がこれまでより希薄になるだろう。住人の不安と不満は、戦争を起こしかねない。そして、家族や友達などが石にされた人は、どんな思いで解毒を待っているか。想像できないか? 君がジゲンにできることは、何だ?」

 レモンの香りと、紙の羽音が入り混じる。

(ジゲンの一切がその石で埋め尽くされてしまえば、自己犠牲的な正義感を振りかざさなくて済むのよ!)

 跡見さんが、房状に束ねた千羽鶴を放り投げた。

「ロロ、私に変身するんだ」

 痛みの間欠泉が、私の頭に湧き出す。歯を食いしばり、逆上がり補助器を盾にとった。

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