Ⅲ時限目(9)
ジゲンⅠのスクエイアは、やや苛立っていた。ジゲンIIIでの仕事を怠けるのは、本意でない。王である自分がこの社会で信用を失っては、民が丁重にもてなされなくなる。
「早い登校じゃな」
新校舎の最上階にて、ジゲンⅠのスクエイアは跡見仁子と対峙していた。
「水泳は、種目に入っておらぬぞよ。それに、プール開きは来週じゃ」
飛び込み台に、跡見仁子は腰かける。
「聞く耳を持たぬか」
ジゲンⅠのスクエイアが、彼女の腕を引っ張ると……。
( 朝の部活よ。たまには外で書きたいの)
蒼の折り鶴が、ジゲンⅠのスクエイアを掠った。
( 邪魔しないで)
ライトブルーの水槽に、黒い飛沫がかかる。
「どちらの意味かの? 執筆か? 遠い恋路か?」
跡見仁子は、ため息をついた。脇腹を押さえる暗君に、読解力の足りなさを嘆いている。
「数学が専門じゃから、とでも思っているのじゃろう。偏見じゃ! むしろ数学に長けている者は、風雅の心が有るのじゃよ」
十二羽に増えた折り鶴が、ジゲンⅠのスクエイアの傷をさらにえぐる。
( 驕り高ぶっていると、ろくな末路を辿らないわ。正解を言っておけば、一瞬で消してあげたのにね)
ジゲンⅠのスクエイアは、オーバーフローに墨の血を吐いた。
「スクエイアを仕留めたとて、若造はそなたに靡かぬぞ」
足を引きずり、左手の包帯を噛んで、解いた。前腕に黒い直方体の石をしのばせてあった。ジゲンⅠのスクエイアである証、黒瑪瑙だ。
「わしの留守を頼まんで正解じゃった」
黒瑪瑙を横に倒して、頭に乗せた。跡見仁子が眉をひそめる。
ジゲンⅠのスクエイアが、空に浮かぶ。黒瑪瑙がプロペラのように回転し、人型竹とんぼになったのだった。
「ゆっくり傑作を書くのじゃぞ! 男は勿論、暴力を振るう女は好かれぬぞよ。ふはははは!」
折り鶴に追撃を命じたが、飛行による風に妨げられた。
( 悪運が強いわね…………)
プールサイドの黒いしみを、跡見仁子は思いきり踏みつけた。




