Ⅲ時限目(8)
曇りは無難な天候である。生徒が体調不良を訴えるケースが少なく、グラウンドの状態に神経を擦り減らさなくても良い。
「うーい、おはようさん」
田端先生のご機嫌も、わりと安定している。今年は、出勤の時間を守ってくださった。
「設営は昨日夜遅うに済ませたんやから、出勤はいつも通りでええやろ。なあ?」
「普通は残業手当をいただけるものですがね」
記録上は、定時に退勤しているとされている。役所には、日付を越すまで残業して荒稼ぎしている強者がいるそうだ。血税をどこまでも搾り取れる働きぶりは、かえって尊敬する。企業を凌駕するどす黒さである。
「晴れてくれへんかな。ロロちゃんのマホーで、パパッとでけへんかーって聞いてみたんやけど、ランクがどうのこうので、あかんかったわ」
天候を自在に変えられるのは、ランク10以上だ。田端先生の希望に沿えなくて、残念がっていただろう。ロロは、ランク8になりたてだった。
「で、コンディションは?」
「万全です。生徒に花を持たせつつ、内外に蔑まれないよう尽力しますよ」
「明中リレーは、めっちゃ熱い戦いになりそうやな」
私は第三走者だった。妙な場面において、くじ運が良い。さほど責任が重くないポジションだ。
「クロエ先生おったか? あいつ、今日は六時始まりなん、分かってへんとちゃうやろな」
それは無いだろう。目黒先生はちょうどの時刻に出勤される。
「ぼちぼち働こかー」
先生が足をゆっくり踏みつけて、本部のテントへ向かわれた。スポーツ行事にも、エプロンをかけるのが田端流である。一昨年は、借り物競争のお題にされていた。
入場門の陰から、おかっぱ頭がのぞいた。
「真坊ちゃん」
ロロがブラウスの袖を留め直して、挨拶した。
「お疲れ様」
「龍崎駅の歩道橋にも『大地の害悪』が現れました」
つながりの塔がある止水駅と、当校に近い居道駅の間に置かれた駅だ。暴走が速まっている。
「五つのうち二つ、毒消しのマホーが効きませんでした。誤って触った方々だと思われます」
身震いした。昨夜の帰宅途中、信号待ちをしていると、電柱の貼り紙が視界に飛び込んだ。二日前に龍崎駅で消息を絶った祖父を探している、とあった。石にされていないよう願いたい。
「大聖堂に保護しました。お薬のできあがりをお待ちしているのでございます」
「解毒剤といえば、目黒先生を見かけていないかな?」
ロロが丁寧に謝る。
「わたくしめはこちらに帰ってきたばかりでございますが、まったく……」
「そうか、気を落とさないでね」
職員室に行ってみるか。いらっしゃらなければ、緊急連絡先にかける。
「坊ちゃん、後ほど改めて伺いますね。小人の皆様も応援に参ります。お弁当、たくさんお作りしましたよ!」
「励みになるよ。ありがとう」
昼食に、田端先生と目黒先生を誘おう。馬が合う人といただけば、尚美味しいのだから。




