Ⅲ時限目(6)
「長かったのう、若造」
目黒先生が木魚をいい加減に叩きながら、迎えてくださった。
「福々しい物を手にしておるな、四つ葉か」
何気無く庭の草を見ていたら、生えていた。
「そなたは案外、茶目っ気があるのじゃな」
片付けをしていたロロが、私に気づいて小走りした。ロロはクローバーを預かり、水を入れた乳酸菌飲料の空き容器に差した。
「田端先生は、どちらへ?」
「版画家なら、歓喜のあまりグラウンドを周っておるぞよ」
一足先に、幸運を掴んだか?
「ラジオのコンテストで、最優秀賞を受けられたそうでございますよ。確か……」
はたきをかけるロロの言葉を、目黒先生が継いだ。
「作詞コンテストじゃよ。版画家が贔屓にしておるDJが主催しておった」
この時間帯で推理できる、クローバー近藤だ。
「熱帯雨林すら涼しく思う暑苦しい作風、とは真逆じゃった。化けるのう」
田端先生の版画は、線が細かく、インクが淡く、紙にダイヤモンドダストがまぶされたような刷り跡が特徴である。学年だよりでは、上品な文体を用いていらっしゃり、保護者の信望が厚い。
「聞いていた者は、スリムで色白な黒髪ストレートの美女を想像しているじゃろうな」
「大衆の心を魅了させる才能があるんですよ」
私がすると、周囲に「気取っている」と評される。田端先生は、得するようにできているのだ。
「準優秀賞も、素敵でしたね。『あの人に言えない』、まるでジゲンⅣの恋物語のようでございました」
「蒼き薔薇の乙女が、ジゲンⅢの男を一途に想い続ける話かな?」
ロロが快活に返事した。
「わたくしめの世界では、朗読劇にもなっているのです。お二人はどの時代でも、会えそうなのですがなかなか会えないのでございますよ」
はたきを抱いて、ロロは悠々と揺れる。
「分をわきまえないことを申しますが、男の方が冷たいです。女の方は、男の方を方時も忘れていないのですよ。生まれ変わるたびに女の方へ『はじめまして』は、つらくなります」
おませさんな一面を垣間見た。
「ジゲンⅢの男は、正しく『鍵を持つ人』じゃな」
「私もそう読んでいました。『ジゲン見聞録』は時折、お伽話も収められていますが、軽視できませんよ」
「鍵を持つ人」が引き継げる物は、ジゲンゲートの鍵だけだ。
「報われぬ恋じゃのう……」
私は、ジゲンⅣの住人に同情できなかった。
「地層のように積もった好意を、全て受け止めきれるでしょうか。私が『鍵を持つ人』ならば、その時の私をまっすぐ見てもらいたい。もちろん、相手に対してもそのように接します」
目黒先生は腕組みを解いた。
「そなたの恋愛観を聞かせてもらい、わしは満足したぞよ。胸襟を開いてくれた、と解釈して良かろう?」
私に笑いかけた後、ロロを呼び、タオルと傘を求めた。
「また降り出したのじゃ。今度は量が多いぞよ。祝賀会はわし達でしてやるかの」
「では、主役を迎えに行ってきます」
タオルと傘をロロにもらい、私は不相応にも颯爽と準備室を発った。




