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Ⅲ時限目(2)

 久々の夢に、蒼い薔薇が咲いていた。


 その花は、子どもだった私を、数々の危機から救ってくれた。川の底で光っていた物が何か気になり、覗こうとした私に、花弁が落ちた。自然界には有り得ない色に興味が移り、溺れる未来が消えた。私が、公園の柵を越えて転がっていくボールを追いかけていると、それまで何も無かった道にその花が生えたので、足を止めた。走り続けていたら、車に轢かれていた。

 九死に一生を得た話として、親と知人は聞いていた。蒼い薔薇は、私にしか見えない物だったのでは、とも言われた。私はロマンチストだから、想像した恐竜や妖精と遊んでいそうに思われたのだろう。

 あれは、ジゲンⅣの住人だったのではないだろうか。他に誰もいないから、異なるジゲンで友達を探していたのかもしれない。『ジゲン見聞録』によれば、ジゲンⅣの住人は、髪に蒼い薔薇を飾った乙女だという。当時、ジゲンゲートは封鎖されていた。ジゲンⅣも、完全な姿で異なるジゲンを訪れることは困難だったはずだ。そのため、ジゲンⅢに蒼い薔薇しか送れなかった。あくまで仮説であるが。

 ゲートの暴走で、蒼い薔薇の乙女がもう四輪市に到着していてもおかしくない。彼女がジゲンⅣのスクエイアだからだ。スクエイアは各ジゲンに一人だ、ジゲンⅣの事情を踏まえたら答えは明確である。会えた暁にはまず、感謝を伝えよう。

 シャツをズボンの中に入れ直していたら、ノックが聞こえた。返事をするまでに、扉が摩擦音を立てて、横に動いた。

「若造、生きておるかの?」

 パンチパーマと乱雑に密生した髭の中年男性が、大股歩きで入ってこられた。目黒江年(えとす)先生、私の同僚であり、ジゲンⅠの王兼スクエイアだ。

「なかなか美術準備室へいらっしゃらないものですので、お迎えに伺いましたよ」

 目黒先生の後に、おかっぱ頭の少女がお辞儀する。私の幼馴染であり、ジゲンⅡのスクエイアに任命された、ロロだ。

「ごめん。明日の準備をしていて」

 私は、机の教科書を片手で持って少し振ってみせた。

「そうなのでございましたか」

「嘘じゃよ」

 ロロが目黒先生に首を傾げた。

「教材をさっきまでいじっていた痕跡が無いのじゃ。さては、寝る間も惜しみわし達のサポートをしておって、無理が祟ったか」

 湿度が高い時節に、黒い毛糸のタートルネックを着て、千手観音像のプリントTシャツを重ねている。目黒先生を奇怪にさせているポイントは他にもある。包帯に巻かれた手足と、お経または御詠歌柄の黒ジャージだ。今日は華厳経か。

「そなたが身体を壊してはならぬぞ、本業に支障があっては、結果として周囲に負担をかけるのじゃ」

 数学科の酔狂人と本校で評されている目黒先生だが、実はジゲンⅢに順応できている。

「それと、そなたがいないと悲しむ者もおるからのう」

「適度に休みます」

 目黒先生は背中を向けて「行くぞ」と手を振った。

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