Ⅱ時限目(放課後)
「無事に帰るのじゃぞ」
一泊移住が終了し、クロエは正門で生徒達を見送った。
「わしも、早く旅の疲れを癒したいのう」
誰にも憚らず、クロエはあくびと伸びをした。
「ふうむ……そなたはしばらく、余韻に浸りたいのかの?」
真後ろに、女子生徒が屹立していた。クロエは頬を髭ごと掻きながら、体操着のゼッケンに瞳を凝らした。
「二年三組、彫刻家と若造の学級じゃな」
生徒は少女らしからぬ鋭い眼光を向けた。
「跡見仁子のう……なんと単純な仮初めの名じゃ」
掻いていた手を胸の前に下げ、拳を作る。開くと、折り鶴がつぶれていた。
「嘴と尾をこれでもかと尖らしおって。教師に危害を加えようとは、恐ろしいぞよ」
(戯けるのは程々にして、ジゲンⅠの王)
クロエは口角を上げて、折り鶴を炭の粉末にした。
「お互い、ジゲンⅢに馴染もうとしておるのじゃから、正体は知らぬふりをせぬとのう」
(ウグイスダニに関わらないで)
「若造がわしに構ってくるのじゃ。わしが避けたとて、叶わぬ望みじゃ」
またあくびをして、クロエは跡見の横を通る。
「あれは見所があるぞよ。容易く朽ちぬ魂じゃ」
ゆっくり振り返り、跡見に小指を立ててみせた。
「案外、モテるようじゃしのう」
(暗君……!)
跡見の髪が外側へはねて、海よりも深い蒼に染まってゆく。
「クロエ先生じゃろ。敬いの念が足らぬ生徒め」
クロエは、二の腕に熱を感じた。確かめると、真一文字に裂けていた。
「玉体を切りおったな」
(棒の体、の間違いではないかしら?)
傷口から血のように墨汁が滴り落ちる。だがクロエは動揺しておらず、むしろ滑稽に思っていた。
「恋する乙女は大胆じゃな。数えきれぬほどの愛別離苦を経験している者は、覚悟が違うのう」
クロエに傷を付けた折り紙が、時計回りにねじれてゆく。野球のベースと同じくらいの大きさだった折り紙は、元の形状を覚えているかのように、蒼い薔薇となった。
「そなたも縛られておるな、跡見仁子……」
宙を漂う薔薇を掬って、異ジゲンの乙女は髪に挿頭した。
「ここは、ジゲンⅣのスクエイア、アドミニスと呼んでやるべきかのう」
墨汁の垂れた跡に、蒼い紙吹雪が散ったのだった。




