Ⅱ時限目(17)
「ジゲンⅢでも、かりんとうと呼んでおるのじゃったな。慶事の菓子ぞ。ジゲンⅠでは家宝にするのじゃが、ジゲンⅡの民は食べて楽しむそうじゃ」
「かりんとうの扱いは、どちらに決めたんでしょうか」
体の上部を曲げて、目黒先生は笑った。
「決めておらぬぞ。両人がしたいようにさせておる。若造は、頭が固いのう。職業病かの?」
私は咳払いして、ロロの方に膝をずらした。
いつ襲いかかるつもりだ? 挙式中は彼の性格上、しないだろう。分身を率いていたら、嫌でも目立つ。新郎と新婦も共犯者だと、さらに難儀だ。
「宴に先駆けて、両家の茶菓子をいただくぞよ」
給仕係の魚と、小さな黒い棒が帆立貝の器を順次運ぶ。
「まあ! ゼリーとチョコレートブラウニーでございますよ!」
朝焼けの海をイメージしたゼリーは新婦側、挽いたざらめらしき物がかかったチョコレートブラウニーは新郎側、と給仕の魚が説明してくれた。
「遠慮なく、皿まで味わうのじゃぞ。そなた達は、特別に袋叩きじゃ……」
私はロロの手を叩いた。チョコレートブラウニーをすくったスプーンが回って、茣蓙に落ちる。
「真坊ちゃん!?」
「食べてはいけない。私達を弱らせる薬が仕込まれているかもしれないんだ」
会場が静かになり、皆が私達に意識を向けた。
「若造、何を怯えておる? 興が冷めるぞよ」
私はロロを庇い、ベルトに吊った折り畳み傘に指をかけた。
「袋叩き、と聞こえました」
「そうじゃが、どうかしたかの?」
白を切るか。
「田端先生が、あなたが分身に、私達を袋叩きにすると話していたところを目撃していたんです」
目黒先生に水滴が幾つも浮かぶ。
「ぬかったのじゃ……」
「スクエイアに会わせる、は嘘ですか。ロロを騙して、面白がっているんでしょう」
「む……それはの……」
ロロの手を引き、私は折り畳み傘の柄を長くした。
「道を開けてください。新郎新婦のお二人には申し訳ありませんが、仕事に戻ります」
「待つのじゃ、わしは!」
「あなたのような卑劣漢を住まわせる王に、ロロの顔を拝ませてなるものか!」
私は一歩出して、凄んでみせた。
「若造、すまぬ……」
「何について、誰に対してですか?」
目黒先生は、体を地に倒した。
「若造、ジゲンⅡのスクエイアよ、袋叩きは、菓子の材料の砕き方を指すのじゃ!」
私は絶句した。
「ジゲンⅢの菓子におはぎがあるじゃろ? 某地方では餅の搗き方を、半殺し・皆殺しと呼ぶそうじゃな。ジゲンⅠの袋叩きとは、カカオカイ……ジゲンⅢではチョコレートじゃな、それを袋に入れて複数人で細かくなるまで叩くことじゃよ!」
「目黒様は、坊ちゃんとわたくしめを袋叩きにするのではなく、チョコレートブラウニーのチョコレートを袋叩きにしていらしたのでございますね」
目黒先生は身を捩らせた。
「合っているのじゃ。そなた達に特上のもてなしをせねばならぬと、分身に調理を手伝わせたのじゃよ。『若造とジゲンⅡのスクエイアは、袋叩きにせよ』とな。若造の国で使う言語は、ジゲンⅢで最も解釈に誤解を生むものじゃのう」
先程の言葉に、省略されていた事柄を補うと以下の通りになる。
「若造とジゲンⅡのスクエイア(に提供するチョコレートブラウニー)は、袋叩きにせよ」
括弧内には、の・の物、なども正解だ。途中で話を聞いてしまった田端先生が、物騒に思われたのも仕方ない。
「あなたを疑って、失礼致しました」
目黒先生が大きく左右に振れた。
「わしは、そなた達を安心させられなかった。すまぬのう」
私が、ジゲンⅠの住人=好戦的の等式を作ってしまっていたのだ。頻りに人権研修を受けておりながら、未だ先入観に囚われていた。




