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Ⅱ時限目(13)

 センターの宿泊棟は、大型客船を模していた。一階の船首にあたる所が、食堂であった。キャンプファイヤーの最終打ち合わせが済み、そこで一斉に夕食をとる。

「些か難事が起こったのじゃが、婚儀に支障は出ぬじゃろう」

 隣は偶然にも、目黒先生だった。

「主任が仰っていた、不必要な物を持ち込んだ件ですか」

 前もって口酸っぱく注意しても、決まりを破る生徒は後を絶たない。普段と違う状況に、浮かれてしまう気持ちは理解できなくもない。だが、無駄な労力を使わされて迷惑する。

「そうじゃ。インスタントカメラじゃ」

 目黒先生はクラゲの中華サラダをつまみ、髭に覆われた口に運んだ。箸さばきが美しい。きっと、ジゲンを渡るまでに練習していたのだろう。

「生活指導の体育教師がおるじゃろ。あれは、過剰な罰を与える男じゃのう」

 同感だ。あの人は、力づくで従わせようとする。サッカー部の顧問も務めており、定期テストで全員が五教科の合計が四百点取れなければ、頭を剃らせるなど暴君ぶりを発揮している。部活に青春を懸ける彼らが、勉強するための時間を作れるはずが無い。迷信以下の根性論を説き、連帯責任の下にペナルティを課す。知能がアウストラロピテクスに負けているような奴だ。

「没収したポラロイドカメラをな、キャンプファイヤーの前座として、レンズを叩き割ろうと提案してのう。猛々しかった女生徒が、顔を真っ青にしたのじゃ。思い出の詰まった品じゃったのじゃろう」

 私もクラゲをいただいた。センターのイメージキャラクターは、ミズクラゲだったな。この辺りに生息しているとパンフレットにあった。料理に用いられているクラゲは、これとは別の種類であると分かっていつつも、イメージキャラクターが脳裏に焼き付いている。

「決定したんですか」

「わしが止めた」

 安堵した。白けたキャンプファイヤーはごめんだ。

「恐怖を与えて模倣させぬようにしたいじゃろうが、生徒を晒し者にさせる必要は有るかの? 個別に叱る、で充分じゃろ。カメラは卒業まで預かる。保護者にこの件の仔細を伝える。が主旨じゃったが、あれは長ったらしい話が苦手じゃったから、わしに任せると言い、椅子を蹴飛ばして去ったぞよ」

「それは、お疲れ様でした」

 当の本人は、上座を陣取り、プロテインをかっ喰らっていた。出先でも専用シェーカーを持参するとは、大した心掛けである。当然、皮肉を込めている。

「若造、昼は小娘と語らっていたじゃろ」

 手をどちらも鉄砲の形にして、目黒先生は私の脇腹を小突いた。いたずらされたため酷く咽せ、私はおしぼりを口に当てた。

「……っ、なぜ、知っているんですか」

「施設に分身をばら撒いておったのじゃ」

 臆面も無いな、異ジゲンの教師は。

「晴れの日に万が一の事態が、全く生じぬことも無いじゃろう? 臆病であれ、わしの必勝法じゃ」

 目黒先生は呵呵と笑い、主菜を齧る。エッグサラダフライ、とスタッフが説明してくれた。外見はコロッケで、割ったら、潰した茹で卵と微塵切りの野菜を和えた物が詰まっていた。

「手ぐらい握ってやらんか。恋のビックウェーブに乗れぬ枯れもやしが」

 男子高校に通っていた頃のあだ名は「乾物」である。

「小娘はそなたにぞっこんじゃぞ」

 顔を近づけてくる先生に、私は椅子をずらして退避した。

「交際する暇はありません。ましてや、同僚などと」

 私の唇に、未開封の海苔が押し付けられた。

「そこまでじゃ。忌憚無く小娘に申してはならぬぞ」

「…………」

 目黒先生は目白先生を一瞥して、言った。

「小娘がそなたに想いを打ち明けた時は、もう少しスマートに返事をすれば良い。わしは、二人に傷ついてもらいとうないのじゃ」

 非常識は、私の方だ。胸が、抉られたように痛む。体だけは、丈夫だったのだけれども。

「若造、伽羅蕗の佃煮を、そなたの杏仁豆腐と交換じゃ。黒くて細長い物は、いかん。共食いのようでの」

 量に差があって、不公平ではないか。彼を考え直したことが、馬鹿らしく思えた。

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