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Ⅰ時限目(2)

 天気屋な田端先生に、よく奥さんは付いてこれたものだ。夫婦は似るというが、奥さんは常時温厚である。

 なぜ私が美術準備室にて昼食をとるのか。奥さんの手作りおかずを頂戴できるからだ。子どもを授かれなかった奥さんは、私を実の息子同然にかわいがってくれている。忙しくて米飯を解凍するのみの私を心配し、彩り・味・栄養どれも満点のおかずを用意してくださるのだ。

 今日は、硬めの衣に柔らかな肉の唐揚げ、水切りをしっかりしてあるほうれん草の白和え、七味唐辛子が舌に適度な刺激を与えるにんじんのきんぴらだった。食べるアートを、あの薄暗い研究室へ運ぶなど失礼千万。田端先生のキッチン家電を適宜お借りして、陽光さす窓辺に向かってありがたく胃袋へ収める。このご恩は、生涯かけて返しきれるだろうか。

 アイボリーの連絡通路を渡り終え、チャコールグレーの廊下に踏み入れる。ここから先は、旧校舎だ。


 当校は、四年前にできた新校舎と、半分残された旧校舎が三階でつながっている。北側と西側に左鉤括弧の形を成しているのが前者であり、東側のI字が後者である。研究室と勝手に称している部屋は、元社会科準備室だった。

 現社会科準備室は、美術準備室の左隣なのだが、他の先生方に譲った。私は変わり者に思われているだろう。長年の砂埃が落としきれない臭う所を専用部屋にする輩は、そうレッテルを貼られても仕方がない。

「お、いたのか」

 研究室の前に、女子生徒が直立していた。白すぎる顔が、廊下に映える。

「おやつ、どうかな?」

 鋭い目つきで、バンダナ包みを見ていた。

「わらび餅は出さないよ。南茶亭(なんちゃてい)の金平糖、中にあるから」

 ジゲンⅢの娘なら、甘味に飛びつくのだろうけれど。彼女は不機嫌そうだった。

「食べ物に興味が沸かないか」

 彼女は自身の胸ポケットを指差し、キャンディを出した。

「間に合っているんだね」

 キャンディを戻して、階段の方へ彼女が歩く。

「また、君のクラスなんだ」

 振り返って、三秒私を凝視した。スニーカーの爪先を一度廊下に付けた。了解の合図だ。

「ありがとう。よろしく、跡見(あとみ)さん」

 手を小さく振って、私は研究室の扉に鍵を差した。

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