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Ⅱ時限目(7)

「あいつ、図に乗ってるやろ!!」

 目黒先生が来られて早くも五日目、美術準備室に怒号が飛んだ。

「いっぺんシメとかんとあかんな」

 笏のようにバットを手に打つ田端先生に、ロロがコーヒーを供した。

「お行儀のよろしくない生徒がいらっしゃるのでございますか?」

「生徒やったら即根性叩き直してる。同僚がぶっ飛んでるんやー!」

 ロロの肩を借りて、田端先生はさめざめと泣いた。秋の空よりも目まぐるしく移ろう男心だ。私が代わりに話そう。

「今週入ってこられた先生がかなり風変わりでね、学校中を騒がせているんだ。私達は、ジゲンⅢ以外の住人ではないかとにらんでいる」

「スクエイアでしょうか?」

「そこまでは分からないけれど、黒い棒を大量に操っていた。あれはジゲン……」

 ラジオを聞いていた「季節の小人」が、こちらへと走る。

『クロエせんせいだよね!?』

 のっぺらぼうな球形の顔が、やけに照り輝いていた。

「かようびのおひるは、ぼうにいかすみぱすたをはごばせていたよ」

「すいようびはねー、おにいちゃんおねえちゃんとがっこうをだいぼうけん!」

「もくようびは、おにわでひどけいをつくってたよ! ぼうがはりとすうじになってた」

「きょうは、おくじょうで、すうがくのきらいなところをおにいちゃんたちにさけばせていたね!」

 目黒先生の妙ちきりんな行動を、生徒達は歓迎していた。一方、例の学年主任は、寝癖頭を掻きむしり憤慨していた。

「マー坊、あいつの重ね着Tシャツ、何やねん。数式と足袋とカタカナのゼと、ラーメンすすってるイラストやったやろ」

 判じ絵だろうか。

「色即是空、やと。ふざけすぎや、普通にそう書かんかい!」

 式が色、足袋の数え方は足なので即、ゼは是、ラーメンをすするつまり食うで空か。市販だったら恐ろしい。

「坊ちゃん、黒い棒でしたよね。まさか」

 ロロも見当が付いていたようだ。

「ジゲンⅠだと思う」

 私の耳元で、木魚が鳴った。

「気骨があるのう。それでこそジゲンⅢの民じゃ」

 いついらしたのか、目黒先生。人生で二番目に総毛立ってしまった。

「あんたの持ち場は美術部やなくて、チェス同好会やろ。サボりか」

「対局しておるゆえ、邪魔しては申し訳のうての」

 今にでも噛みつきそうな田端先生に、目黒先生は手で追い払う仕草をした。

「ジゲンⅡの童、お茶をくれんかのう。鉄観音だと嬉しいのじゃが」

「かしこまりました」

 急須を出そうとしたロロを、田端先生が呼び止めた。

「あっちの箒を逆さにしてくれ。塩の用意もな」

 目黒先生は木魚を連打した。

「幼稚な嫌がらせじゃな、彫刻家」

「いちいち苛つく言い方やで」

 人を挟んで、喧嘩を始めないでいただきたい。

「ところで目黒先生、その入れ物は非正規品ですか。額に王家が認めた証の紋章がありませんよ」

「わし達の世界を熟知しておって、感心ぞよ。異ジゲンに赴く際、現地人を模した達磨に入るのじゃが、わしのようにそれに頼らんと変化できる者もおる」

 誰を参考にしたか聞きたいけれど、ジゲンⅢの闇に顔を突っ込みそうだ。

「住人の結束が強く、呼べばどこへでも仲間が駆けつけてくれるのでしたね。真の姿である黒い棒で」

 目黒先生が木魚を一回叩いた。

「黒子扱いしていた時代は、終わったのじゃ。あれは体毛ぞ。授業の度に、泣く泣く臑毛を抜いていたわしの苦労を讃えるのじゃ」

 私と田端先生は、立派な髭に目をやった。わざわざ臑毛にしなくても。

「生徒に明かさないことをお勧めします。特に女子は中年男性を不潔に思いますからね」

「俺、けっこうここでムダ毛処理してるけどな」

 衝撃の告白は控えてください、田端先生。ロロが頬を真っ赤にさせているではないか。滑らかな肌のおじさんは、かえって不気味だ。

「目黒先生は、王様の居場所を知っていますか」

「なにゆえ、訊く?」

 黒ジャージを穿いた足が、組み替えられる。柄は般若心経か、僧侶でも買わない。

「坊ちゃん、わたくしめに」

 ロロが湯呑みを盆から机へ置いた。なぜか温い。

「玉露でございます。鉄観音はあいにく切らしておりました」

 目黒先生のそばで膝をつき、ロロは首のリボンを解いた。

「ジゲンⅡのスクエイア、ロロと申します。ジゲンゲートの暴走を止めるため、ジゲンⅠのスクエイアであらせられる王様にお力添えいただきたく、目黒様にお伺いしたのです」

 小さな掌に、スクエイアを示す聖なる石が輝いていた。

「菓子のおまけでは無いようじゃな」

 目黒先生は顎を親指でなぞった。

「王なら、この町におるぞよ」

「どうか、お目通りの機会をいただけませんか……!」

「そう頼まれてものう……」

 大儀そうにジゲンⅠの住人は、臍を掻いた。

「『大地の害悪』が、あちこちで見つかっているのです! 教皇はゲートの暴走によるものだと申していました」

 つながりの塔に落ちていた石だ! 人々が知らずに触って増えているとしたら、只事では済まない。

「緑の毒石かの。ふうむ」

 玉露を口にして、目黒先生はうなずいた。

「近々、仲間の婚儀があるのじゃ。わしに付いて参れ」

 私が日取りを訊ねると、呑気に一泊移住と同じ日だと返してきた。

「欠勤しろと仰るんですか。あなたも補助にあたっているでしょう」

 目黒先生が私の眉間をつついた。

「話は最後まで聞くのじゃ。婚儀の場は、泰盤府海洋センターそばの浜辺ぞ」

 今回宿泊する施設と偶然近かった。

「けど抜けるんは変わらへんやろ」

「ものの一分じゃ。わしとて仕事をする者、同僚に迷惑はかけぬ。郷に入りては郷に従え、じゃろ、先輩?」

 田端先生は舌打ちした。

「毒石がジゲンⅠにもはびこっては、厭じゃからのう。スクエイアを集結させようぞ」

 目黒先生が笑みを浮かべて、湯呑みの中を私達に見せびらかす。茶柱が立っていた。

「やれめでたや。好日じゃ」 

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