Ⅱ時限目(6)
「……そこで、聖武天皇は七四三年に墾田永年私財法を」
後列窓際の生徒二人が、グラウンドへ「すげー」やら「やばい」やら声をあげていた。
「神路くん、玉津くん、体育の試合観戦していないで、ノートをとれよ」
観客が増える。廊下側に座っていた生徒まで、鼻先をそちらに向けてゆく。酷い浮つき様だ。私は黒板を叩こうとしたが「新しい数学の先生だよな」を聞いて、窓辺へ寄った。
グラウンドの右端にて、パンチパーマが舞っていた。合掌し、足を四の字にして、上半身のみを振っている。
「インドムービーダンスよ! しかもキレッキレ!」
女子生徒が身を乗り出す。敵味方が共に踊って、大抵のハプニングを強引に終わらせる作風の映画だったか。
私が関心を持ったところは、目黒先生のバックダンサーだった。二十本以上の黒い棒切れが、自動でリズムに乗っていたのである。
「教科書と黒板のせいで雁字搦め、卍固めにされておるのう。実際に数を視覚化すると頭に入りやすいぞよ。そこと、そこ、林檎と蜜柑になるのじゃ」
先生に命令された八本と十本が折れ曲がり、連立方程式で用いられる果物を再現した。
「林檎三個と蜜柑六個で九九〇円じゃろ、林檎五個と蜜柑四個で一一七〇円じゃった。一個あたりの値段はそれぞれいくらか求めよ。もう式が立てられるじゃろう?」
Cグループの生徒達が黒い林檎と蜜柑を数えて、ノートにメカニカルペンシルを走らせる。
「いいなー、私も外でゆるく授業受けたい」
「先生、俺達もしましょうよ。キーボード弾きながら年号の語呂合わせするとか!」
勝手に決めないでもらいたい。私は早歩きし、出席簿の背で教卓を突いた。
「着席しなさい。戦後うん十年経っているんだ、青空教室は行わないぞ」
なんで戦後が絡むの、だって? 教師に質問ばかりしていないで、図書室へ行きなさい。自力で答えに至ると、胸がすっきりするものだ。調べている途中で、他に知りたくなったことが芋づる式に見つかるだろう。知識は皆、繋がっている。私は赤いチョークを取り、黒板に書いて放ったらかしにしていた年号を四角く囲んだ。