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Ⅱ時限目(4)


「ゔぉーの!」

「まことは」

「おりょうりの」

「てんさいだね!」

 私のサンドイッチは、皆の口に合ったようだ。

「わたくしめがいただいている物ははダイヤ、坊ちゃんはクラブです。トランプのスーツでございますね」

 つい、遊び心を出してしまった。サンドイッチの諸説ある起源のうち、ポピュラーなものにちなんでナイフを駆使したのである。型は不要、それを買う金があれば、ジゲンの研究費にとっておく。

「たまごさらだは」

「なめらか!」

「つなは」

「てきどにしょっぱい!」

 面立たし。五百円以内の低予算弁当を褒めてくれた。スーパーのプライベートブランドは、暮らしの味方だ。

「折り紙でおままごとしていらした坊ちゃんが、こんなに素敵なお食事を用意してくださって……。わたくしめは、涙せずにはいられません」

 目元をハンカチで拭うロロに、苦笑した。手の込んだ品とはいい難いのだがなあ。

「ところで」

「つぎは」

「どこへ」

「いくのー?」

 小人達が腹をさすりながら訊ねる。

「つながりの塔だよ。とても高い所で、町を見渡せるんだ」

『たのしそーう!!』

 飛び跳ねたり、スキップして回ったりする小人達に、ロロは手拍子を入れてあげていた。

 ふと、風車の周りに咲く青い花に惹きつけられた。ネモフィラ、だったか。一時期、母が花言葉に凝っていたけれども、この花には何が込められているのだろうか。

「おじさんがセンチになって、どうするんだ」

 あぐらを立て膝にして、私は紙コップに残ったお茶を一息に飲んだ。


 つながりの塔は、四輪(よのわ)市のランドマークとして建造された。市在住、四歳以上十五才未満の子ども達によるデザインを数点ピックアップし、そこそこ著名な建築家が手を加えて設計した。

 たくましい想像力の集合体は、どことなく宗教くさく、町から浮いていた。

 形状については、私の場合、おでんの具に喩えて説明する。一階エントランスホールは、正方形のはんぺんだ。二階の展望台は円いひら天、その上はゴボ天の牛蒡、頂点はピラミッド形のこんにゃくである。一階と二階をつなぐ、螺旋階段とエレベーターを覆った中間部分は、太いちくわぶだ。ちくわぶには、上から黒・黄・緑・青の順に、輪が嵌っていた。これらは各ジゲンを表しており「全てのジゲンと命のつながりよ永遠なれ」と願いがかけられている。

「お花の写真がたくさん壁にかかっておりますね。こちらにございます遊園地の案内図は、もしかして、この公園でございますか?」

「そうだよ、ロロ。二十年ぐらい前に、花の国際博覧会がここで開かれていたんだ」

 当時、田端先生と奥さんが全日遊ばせてくださった。急な出勤で来られなくなった母のため、お土産屋で誕生花の栞を買ったものだ。

「メリーゴーランドや、カップの代わりに花が回るコーヒーカップがあったんだ。喫茶店では、サボテンのジュースが飲めたんだよ」

「トゲトゲのサボテンが、でございますか……!」

 口元に両手を当てて、頬をすぼめるロロが、愛らしかった。昔は姉のような存在であったが、今は娘だ。公園を訪れた人々は、私とロロを親子だと認識しているだろう。

「さすがに棘は抜いてあるよ」

 言葉通り、胸を撫で下ろするロロだった。

「各国の庭園と、さっきの風車、植物園はほぼあの時のままだね。隣が植物園だから、調べ終わったら入ってみよう」

『はーい!!』

 ショルダーバッグの傘ホルダーに入っていた小人達がまっすぐ手を挙げた。私はロロと小さく笑いつつ、エレベーターのボタンを押した。

「まこと、あそこにあおいばらのおんなのこが!」

「あっ、つぎはきょうりゅう、さかな、ぞうさん!」

「これ、だいせいどうときょうこうさまだよ」

「わー、かりんとうがいっぱい!」

 塔は花博の開催に伴って、バリアフリー化された。そのひとつが、エレベーターだ。展望台に着くまでに、窓からジゲンⅣ・ジゲンⅢ・ジゲンⅡ・ジゲンⅠを紹介する絵が見られる。当初、ちくわぶの内側は何も描かない計画だったが、他市の万博公園にそびえる芸術と張り合いたい欲が出て、こうなったらしい。

「坊ちゃんとはぐれてはなりませんよ」

 ロロの注意を適当に聞き、小人達は散り散りに走っていった。

「四名様には、ジゲンⅢのあらゆる物や所が、新鮮に感じられるのでございましょうね」

 ロロは首元の黄玉に触れて言った。

「ジゲンゲートのオーラが、強まっていないかな?」

 スクエイアが揃うことで、ジゲンゲートの場所が判明するのならば、四分の一であるロロに、微弱ながら察知する力が与えられているのではないか?

「強まっている気が致しますし、弱まっている気も致します。オーラが不安定なのでしょうか、私がスクエイアとして未熟なのでしょうか……」

 ロロの後ろに、小石らしき物があった。歪な形をした、緑の塊だ。備品にしては、扱いがぞんざいである。忘れ物にしては、目立つ。

「鍵が放った光と、同じだ…………」

 あの色で、親父を消したのだ。憂いを放り投げて寝転がせてくれる芝の色、そして、過ちごと匿ってくれる森の色……。

「いけません!」

 ロロにサスペンダーを引っ張られ、我に返る。

「シトヨマイク・ケイ・ヨドキマ」

 交差したロロの手に、連なった黄色い泡が生まれ、石にかかった。

「毒抜きのマホーです」

 ジゲンⅡの住人は、マホーという特殊な能力を使える。先程のように、呪文を唱えて発動させるのだ。

「触れますと、石にされてしまうのです。ジゲンⅡでは『大地(だいち)害悪(がいあく)』と名付けられております」

 間一髪だった。既に被害が及んでいないか、心配だ。

「どうしてジゲンⅢに……? 根絶やしにされたのではなかったのではございませんか? ゲートの暴走が関わっているのでしょうか……」

 深く考えそうになったところを、ロロは頭を左右に大きく振って、息を吸った。

「ヨジ・コメト」

 石がシャボン玉に収納された。常識ある大人は馬鹿な、と思うだろうが、マホーは理屈を打ち壊す。膜は厚く、プラスチックに匹敵する硬さであった。

「持ち帰り、教皇に伝えます。近くにまだあるかもしれませんので、見つけしだい拾いますね」

「私も協力するよ」

 奥で小人達が肩車して、望遠鏡を覗こうと頑張っていた。百円をあげて街並みを楽しませたら、宝探しゲームの名目で手伝わせよう。

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