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Ⅰ時限目(1)

 四輪(よのわ)市立明鏡(めいきょう)中学校の桜並木は、市の絶景スポットとしてそれなりに評判がある。通学路の両脇に植えられた桜は、卯月朔日(ついたち)に必ず足並みを揃えて咲く。例年に比べて暖かかろうと、寒かろうとだ。わが子に花のお出迎えを受けて校門をくぐらせてやりたいため、この校区に転居した家庭さえいる。

「四年も眺めていると、さすがに飽きがくるなあ」

 式が済み、生徒を帰らせ、私は遅れて昼休みをとった。職員室は人が多いため、美術準備室に避難した。

「何言うてんねん、マー坊。秋は毎年来るもんやろ」

 準備室の主が、コーヒーを持ってきてくださった。

「季節ではないです、飽きる、ですよ田端(たばた)先生」

 私が説明すると、田端先生はふっくらした手を叩き合わせた。

「おう、そっちか!」

「分かっていただけたようで幸いですが、マー坊はいい加減やめてください。もう一緒に仕事をしているんですから」

「すまん、すまん。ちっこい時からずっとそれでいってたもんでな、鶯谷(うぐいすだに)先生」

 田端先生とは、家族ぐるみの付き合いだ。三度目の異動先だったここで、担任と副担任として組んでいる。

「予想通り持ち上がりやったな。今年度もよろしゅう頼むわ!」

 二年生の副担任は、明鏡中に来て一年目に経験している。今回の生徒は表面的におとなしめだから、手を焼かせないだろう。

「なんで俺が担任なんやろな? もう定年やぞ。働き盛りなマーぼ、ちゃう、鶯谷先生に交代してくれたってかまわんやろうに」

 左手をエプロンの前ポケットに突っ込み、田端先生はコーヒーを飲んだ。

「私が頼りないのだと、上が判断しているんでしょう」

「んなことあらへんわ。あいつらは、なんやかやであんたを高く買ってんねんぞ。地歴公民を教えながら、ジゲンの研究もしてんねん。ミノ先輩もきっと喜んでいるで」

 私はわざとマグカップをぞんざいに作業台へ置いた。

「すみません、親父の名前は、出さないでもらえませんか」

 田端先生は、眉尻を下げた。

「……まだ、自分のせいやと思ってんのんか?」

 緑の光が、私の脳裏を掠めた。光り出した鍵を持っていた三歳の私を、親父が体当たりした。鍵は手を離れて、親父の胸を突き、一面が緑になった。

「死亡したとみなされたんですよ。私のいたずらが原因で」

 親父は当時、三十三歳だった。

「研究の邪魔をして、どこのジゲンか分からない所に飛ばしてしまった。許してはならないでしょう」

「知らんと鍵をいらってもうたんやろ。子を助けるんが親や。あんたは悪うない」

 田端先生の手を払い、私は飛び上がるようにして立った。

「親父は生きているかもしれない。ジゲンゲートとあの鍵を探す。個人的な目的でジゲンを研究しているんですよ。私は、大した教師ではない」

 今年で、親父が消えた時の年齢に届く。だが、親父・鶯谷(みのる)には遠く及ばない。私は、生徒に慕われておらず、同僚とは親しい関係を築けておらず、独り身で、仕事の合間に細々とジゲンについて調べている。

「個人的な目的やっても、時間を作ってコツコツやっててえらいと思うけどな」

 大きな腹を揺らしながら、田端先生は冷蔵庫を開ける。準備室は、先生の私物で占められていた。指摘する人はいない。そうさせないような威圧感を日頃漂わせているのだ。

「デザート、持って行け。ひとりで食いたいやろ」

 いつの物か分からないわらび餅を押しつけてきた。とにかく冷蔵庫に保管していたら先生は安全だと信じている。昔と変わっていない。

 鼻歌を歌い、先生はラジオをかけた。ドラムとエレキギターの応酬が耳をつんざく。FMロココの「爆音インフェルノ」か、先生の心境をタイムリーに表している。

「お邪魔しました」

 弁当箱と、わらび餅が詰められたプラスチック容器をバンダナに包み、退散した。

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