Ⅰ時限目(10)
側溝に落ちていないだろうか。野良猫の玩具にされていないだろうか。野球部またはサッカー部の球がぶつかっていないだろうか。
「友達だからな」
中庭に出て、正門へと続くピロティまで走っていたら、跡見さんと偶然会った。
「桜が気になったのか」
跡見さんは、スニーカーに付いた花びらをつまんで風に放した。
「まあまあ、なのかな」
こちらへ真っ直ぐ歩き、視線の刃を刺してきた。
「鬼ごっこをしているんだ。ジゲンⅡの小人で、三角帽をかぶっているんだが、知らないか?」
跡見さんは人差し指で、胸の前に四角を描いた。空気の図形はくすんだ白に塗りつぶされ、右上がめくれかかる。彼女は折り紙を好きな時に出せるのだった。
ひとりでに折り紙は奴さんに変形し、私の手元へ浮いて近寄ってきた。
私が受け取ったことを確かめて、跡見さんはグラウンドの方へ歩き出す。何を伝えようとしているのだろうか。
追う前に、奴さんが掌の上で震えた。
(ウグイスダニ)
奴さんに込められた言葉が、脳に直接打たれた。
(五月蠅い「季節の小人」は、旧校舎に彷徨わせたわ。そこより向こうへは行けなくさせている。ふくらはぎを痛めなくて済んだわね)
短い息が、断続的に漏れた。
「跡見さん、話せたんじゃないか……!」
氷柱のような表情だが、声色は淡雪のようだった。おとなしくなった奴さんをメモにはさみ、私は回れ右した。
「お礼をしないとな」
今、跡見さんが関心を寄せている物を贈ろう。明日あたりに、直接訊いてみるか。
トランシーバーの電源を入れて、田端先生とチャンネルを合わせた。
「鶯谷です。小人達は、旧校舎におります。どうぞ」
「承知の助、何階におるんや? どうぞ」
「分かりかねます。ですが、旧校舎を脱出できないように、跡見さんが処置してくれました。どうぞ」
「跡見がそんなことやれたんやな。先、最上階へ向かっとくで! マー坊は一階を任せた。どうぞ!」
私は咳払いをして、心に引っかかっていることを打ち明けた。
「跡見さんが、あの子達を『季節の小人』と呼んでいました。名前は、季節もしくはそれにまつわるものではないかと考えております。どうぞ」
「帽子に花をくっつけてたもんな。よっしゃ、その方面で攻めたる。切るで! どうぞ!」
桜は春、朝顔は夏、萩は……秋の七草だったはずだ。では、水仙は冬か。
卯月でも、夕方になると風がひんやりする。私は足を軽く弾ませ、旧校舎へ急いだ。