オリエンテーション
空を飛び、海を渡り他所の国と行き来できるように、ゲートをくぐって異なるジゲンを巡れる時代があった。
線と黒の世界、ジゲンⅠ
平面と黄の世界、ジゲンⅡ
時と蒼の世界、ジゲンⅣ
私達の住む惑星は、立体と緑の世界、ジゲンⅢと呼ばれていた。
各ジゲンについての記録や伝説をまとめた『ジゲン見聞録』によると、次のように記されている。「ジゲンゲートは、ジゲンⅢの各国に多数置いてあった。常に解放され、黒き棒が集まって踊り、黄の衣を着せられた人形がキャンディの雨を降らせ、蒼き薔薇を髪に飾った乙女がこのジゲンの者に恋をしていた」全てのジゲンが、争わずジゲンⅢで楽しく暮らしていたということだ。百年前までは。
赤い炎がジゲンゲートを次々と燃やし、異なるジゲンの住人は炎によって強制的に帰らされた。ジゲンⅢのある人間が、まだ魔の手が及んでいない四基のジゲンゲートを命と引き換えに閉じて、見つからないよう仕掛けを作った。炎を免れたゲートのひとつが、私の生まれ育った町にある可能性が高い。
幼い頃、母が私を寝かしつけるためにジゲンの伝説を読み聞かせてくれた。私の世代で絵本「ジゲン物語シリーズ」を読まないで育った者はいないと言っても過言ではない。そこそこ名の知れた画家が描いており、温かみのある色鉛筆画と謎めいた話が、誰にも真似できない独特の作風を創り上げていた。
ジゲンゲートを守った「鍵を持つ人」の物語は、三十代を越えた今でも覚えている。特に、門に鍵をかけるくだりは、母が節をつけて歌ってくれたので、暗誦できる。
はじめにしめた ジゲンの門
くらいおしろの そこにうまる
にどめにしめた ジゲンの門
ぼろのかみきれに たべさせた
さんどめにしめた ジゲンの門
つながりのとうの いただきにねむる
さいごにしめた ジゲンの門
ねじれたときに しずめられた
「くらいおしろ」は、おそらくジゲンⅠの王が住む城だろう。「ぼろのかみきれ」は、ジゲンⅡの大聖堂に収蔵されている聖典のどれかだと思う。先人はジゲンⅣを「ねじれたとき」と別名を付けていた。
注目したい所は「つながりのとう」だ。同じ名前の建造物が、四輪市の緑地公園内にある。度々起こった災害をひび割れもせず耐えた、展望台付きの塔だった。
暇があればつながりの塔に登っているのだが、ゲートらしき物は見つからない。壁や窓などに擬態していないか、くまなく探してみたけれども、さっぱりだった。展望台より上は、一般人の立ち入りを禁じているため、管理している市の職員に問い合わせるも「そのような物はございません」と即答された。
それでも、調査を続ける。そこにジゲンゲートが隠されているに違いないのだから。本文の隣に描かれていた絵が、つながりの塔そのものだった。あの塔は、百年より昔に作られている。そして「鍵を持つ人」の生まれた地はわが国であり、輪が東西南北に合わせて四つ埋まっていたと本文にある。四輪市の由来と一致している。無関係だとは考えられない。
おじさんになっても言い伝えを信じているのか。とんだロマンチストだ。そう鼻で笑う人々は、シュリーマンを知らないのだろう。トロイア戦争は実際に起こったのだと信じ続けて、遺跡を発掘したではないか。
世界各地で異なるジゲンと交流していたことが分かる資料が見つかっている。ジゲンⅡで使用されている絵筆、交易の記録等、確かに四つのジゲンは関わり合っていたのだ。
ジゲンゲートを探り当てれば、炎の事件に迫れるかもしれない。「鍵を持つ人」に関する新たな情報のヒントだけでも得られそうだ。
そして、ゲートを開くことができたならば、父をジゲンⅢへ連れ戻せるかもしれない。子どもだった私をかばって、父はどこかのジゲンに吸い込まれた。
私は責任を負わねばならない。子どもの過ちであっても、失踪者にさせてしまったのだから。