国が滅びました
物心つく頃には、常にお腹を空かせていた。
母は私に無関心で、たまに私たちの宮にやってくる男の人も、私の存在を無視していたのを覚えている。
乳母だけが、私に優しく接してくれた。乳母自己流の子守り歌、私の一番のお気に入り。自分でもよく歌う。
それはそうと、今ようやく私たちの宮にやってきていた男の人が、母の秘密の恋人だったことを知った。
連帯責任で首を切られそうになっている、今この瞬間に!
私は本当に知らなかったので、見逃して欲しいと切に願うけれど、一言でも言葉を発したら、首と胴が離れ離れになる未来しか見えない。切ない。
「よくも長年に渡って、余を謀ってくれたな」
母は怯えて声も出せず。母の恋人は無表情で、何を考えているのか分からない。
「私たちに注意を向けていなかった陛下にも、責任の一端はあるのでは?」
側室にばかり目を向けず、せめて平等に扱ってくれれば良かったのに。
「余に意見するか! その覚悟、しかと受け取った! 切れ」
死んだ……っ!
「陛下!! 謀反です!」
た、助かったああ! いや、国は助かってないのかもだけど、私は助かった! 逃げるなら今である。
「主犯は誰だ!」
「ご側室様の実家です!」
「何だと!?」
何ですって……? 国王である父が呆然としていた。私は逃げながら聞き耳を立ててしまう。
「隣国と内通していた模様!」
いや駄目でしょ。無理だって。この国もうおしまいだよ。これから、隣国が攻めてくるって事だよね。国の豊かさも、兵力も何一つ勝ってないから。
私は母と、母の恋人を連れて、そそくさと玉座の裏に回り込み、椅子の出っ張りを押し、隠し扉を開いた。
誰にも見咎められずに、安堵する。
三人で扉の内側に入り、素早く扉を閉じ、壁の凹みを探って鍵を見つけ、握り締める。
万が一の時の脱出口を、活用する日がくるとは思わなかったな。
通路は薄暗く、埃の臭いで息が詰まりそう。早く外に出たい。
何度も通路を曲がり、もはやどこに居るのか分からなくなってきたとき、やっと出口に辿り着く。
握り締めていた鍵で、扉を開くと、そこには沢山の武装した騎士が、待ち構えていた……。
私の記憶が正しければ、ここは王城から離れた森の中の小屋だったはず。ここで休憩でもされていたんですかね? 現実逃避もしたくなる。
「……っ! な、ぜ……?」
背後で母の悲痛な声。バッと振り返ると、母が母の恋人に抱き締められて……、いや、刃物でさ、ささ……れ……て。
「ひっ……!」
悲鳴を飲み込む。何が何だか分からないけど、前方には隣国の騎士、背後には殺人犯、万事休す!
「この国の王女か」
「はい。そうです皇子」
「よくやった」
「ありがたき幸せ」
隣国の騎士の中央に居た人物が、たった今母を殺した殺人犯と会話しはじめた。
私は縮こまってその様子を眺める。
母の恋人は隣国の密偵だったらしい。この国はどれだけ隣国に侵食されていたのだろう。
下手したら、国民の大多数が隣国に寝返っているのかも。
私はこれからどうなる? 死にたくはないけど、隣国の奴隷になるのは、もっと嫌だ! 何をされるか分かったものじゃない!
神様、聖女様、隣国の皇子様! どうか私を見逃して!
渾身の祈りも虚しく、私は皇子に抱えあげられ、隣国までの旅に出ることになった。
◆◆◆
旅の間、皇子は甲斐甲斐しく私の世話をした。
攫われたときは気づかなかったが、なんだか見覚えのある顔をしている。知り合いに似ているのだろうか。
「私たち、どこかで会ったことありますか?」
皇子に食事を渡されたときに、勇気を振り絞って聞いてみた。蚊の鳴くような声が出て、渋い顔になる。
私の意気地なし! もっと強気な声を出しなさい!
「ある」
へえ、あるんだあ。そっかあ……、てあるの? 本当に?
「いつ、どこででしょう」
「十年前、この国の城下町で。俺は商人の子に身をやつしていた」
十年前って、だいぶ昔ですね?! 私が八歳のときか。ちょうど王城からの抜け出し方を覚えて、城外で食べ物を確保しだした時期だな。
商人の子ね……。
「果物」
その一言で記憶が蘇った。
「あのときの果物のお兄さん! その節はどうも。果物は美味しくいただきました」
「いや、俺の方こそ、あのときの君の歌、今でも記憶に刻まれている」
城下町に出たはいいけど、どうやって食べ物を確保しようかと悩み、旅芸人の見よう見まねで、乳母の子守り歌を道端で歌ったのだ。
歌を聴いてくれた人の中に、私とそう違わない歳の少年がいて、歌のお礼にと果物をくれた。嬉しかったな。
皇子の顔を見る。あのときの少年の面影が、確かに存在した。
「君は知る由もないだろうが、俺は君の歌に救われたんだ」
◆◆◆
皇子の国に着いた後、私は皇子と結婚することになった。人生何が起こるか分からない。一番の功労者は私の乳母なのだろう。私に子守り歌を歌ってくれてありがとう。国は滅びましたが、おかげで私は生き残れました。
お読みいただきありがとうございました。