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「そのミシェルさんを使う事って出来るの?」
「使う、ですか?なんというか穏やかな話には聞こえませんが?」
「あー、自分の代わりに村に置くぐらいでいいんだけど」
「それは中身を弄るとかそういう事ですかね?」
「まあ、場合によっては?」
「……サラッと言う辺りかなり酷い人間に聞こえますよ?」
「そりゃあこの歳まで生きていれば、酸いも甘いも知っているからね?」
「それにしては穏やかではない話ですよ?」
二人に少しばかり責められるような口調で言われますが、追体験でミシェルがどういう人なのかというのは分かっている部分も。
そしてこういう人間が何をどうしても反省などせず、いつまでも人に迷惑をかけ続けるというのも知っているので、それだったら多少ましになった方が世の為人の為になるだろうという判断の上での発言なのですが、その辺りは説明をしても同意を得られるとも限らないわけで。
「因みにどうしようと思っているのか聞く事は?」
「別に構わないよ?単純にレベッカさんに使われるだけの人に成り下がって欲しいんだよね。かなり迷惑を被っているんでしょ?レベッカさん」
「先程口が軽くなって色々と喋ってくれていたことを総合すれば、かなり迷惑だったことに違いは無いですね」
「だよね?だから、その部分を補填するのと、かなり自分の武器を上手い事使っていた訳でしょ?使われるようになったら、反省というかまあもしかしたら壊れちゃうかもしれないけど、その位の目にはあってもしかるべきかなって」
「……ついさっきまでのアナタから出る言葉とは思えませんが、言っていることは分かりますから何とも言えませんね」
「無駄に歳はくっているからね?」
「で、やるのでしたらアレ、捕獲しますけど?」
「お願いできる?ついでに弄るのも自分が関与していない感じが一番いいんだけど」
「流石にそれは難しいですね」
「あ、やっぱり?」
「一応罠に嵌めて、意識にフィルターを掛ける形ですべての体験は映像を見るような形で認識は出来るけど、何一つ自分の意思で動かせない様な感じにするって言うところですかね」
「おー。思っているよりも本格的だね」
「まあ、この施設があればこそですね」
「じゃあ、お願いするよ。因みに自分が出来る事は?」
「今のような指示を貰えれば十分ですから、これ以上は何もないですね」
「因みにミシェルをさっき言った状態にするのにかかる時間は?」
「それも罠にはまった時点ですぐに」
「って事は、罠に掛かればすぐにこの話は終わる感じ?」
「ですね」
「そうかぁ。うん……。じゃあ、ちょっと憂鬱だけど村に帰りますか」
ミシェルを作り替える時間が掛かるのであれば村に帰るタイミングが遅くなるので自分的には好都合と思っていたのですが、仕事が早いみたいですぐにミシェルをどうにかできるみたい。
もう少し時間が掛かってくれると助かったのですが、どうやらそんなことはなさそうで。
「とりあえずここから降りて、アウェクルに乗って帰る支度をして下さい」
「やっと頭の上に戻れますね」
「撫子は頭の上好きなんだ?」
「なんというか、お腹の上もいいんですが、据わりが良いといいますか、私の位置ってかんじがあるのです」
「へー?よく分からないけどそういうものなんだ?」
「ええ。お気に入りの椅子の座り心地が良いのと近い感じですかね?」
「ナルホドねぇ」
とりあえず、村に帰る支度をしましょう。
コボルト便の笛を吹いて多分五分以上の時間が流れているはずなのに何の変化も無く、相変わらず遺跡の中は暗いまま。
「チッ、コボルトが来ないじゃない。あの笛壊れていたのね?全く」
一応地面に傷を付けつつ歩き回ってみてはいますが、何の変化もないまま時間だけが過ぎていて、結局足を止めてその場にへたり込み頭を働かせてみると今の状況が明らかにおかしい事に気がついてきます。
「そろそろ目が慣れて来るはずなのに、どういう事何も見えないじゃない」
通常、暗順応は三十分ぐらいかかるのですが、それは魔力を使わないただの目の場合。身体強化を使えばものの数分で順応するはずなのに何も見えるようにならないのはここには光になるモノが何もないからという事が分かる訳ですが、そうなってくると色々とおかしい事になるわけで。
入口から入って、いくらぴっちりと扉が閉まるとは言っても多少のズレは人の作ったものである以上あるはず。
そのズレすらも無くなるような扉の形ではなかったハズなのでこの状況がとても異質だというのが分かるのですが、何をしても進展が無いと疑心暗鬼というか何もしないという選択肢が間違っている気になってしまい、何でもいいからともう一度立ち上がろうと座った状態から立ち上がり左足を前に出すとそこには何も地面が無くそのままスローモーションのような動きで左斜め前に倒れます。
「あっ」
出た言葉はそれぐらいで、慌てて両手を何かに引っ掛けようと伸ばすのですが、掴めるものは何もなくそのまま落ちるだけ。
大した高さは無かったみたいで、驚くばかりですが地面は湿っているようなぬめぬめとした何かが。
「え?」
それが彼女の最後の言葉になるとは誰も思っていなかったでしょう。