保健室の本の虫
「暑いな.....全く暑すぎる」
高校を入学してすこしした7月、体育館で汗を拭う。誰だよ、三限に体育入れようって言ったヤツ....。
一番暑い時間帯に体育とか終わってる。しかもバスケかよ...そんな恨み言を心の中で呟いていた。そんなとき、先生の声が遠くから聞こえる。
「お、おーい!三木谷!ぼーっとしないの!」
何をそんなに慌てて、そんなことを考えていると頭に思いっきり衝撃が走った。どうやら頭にボールがぶつかったらしい。思わず頭を抱えうずくまる。
「いってぇ..」
ボールを投げた生徒や先生が駆け寄ってきた。
「ご、ごめん!三木谷、大丈夫か?」
「いいよ、ぼーっとしてた俺も悪いし」
「一応、保健室に行っておいで、たんこぶになってもいけないしね」
ごめん!と手を合わせて頭を下げるクラスメイトを横に先生がそう言った。
「....わかりました」
体育館を後にして、水飲み場ですこし水を飲む。
いやぁ、さぼりの理由ができてすこしラッキーだったぜ。にしても保健室か。この西城高校には保健室についてある噂がある。「保健室の本の虫」そんな風に呼ばれている生徒がいるという噂。授業中に保健室に行った生徒が休憩用ベットの横に大量の本が置いてあるという異様な光景を目にしたという。なんで保健室で?というのがまっさきに思いつく疑問だ。さぼり目的なら保健室に本を持ち込むぐらいなら図書室でそのまま読めばいいのに、なんて考えてしまう。いや、まずさぼりはよくないけどな。なんて、たった今「さぼる理由ができてラッキー」なんて考えていた俺が言うのもあれなんだが。もともととある理由で保健室には近づきたくない俺はそんな噂とは無縁だと思っていた故に今回そんな噂に変な期待を寄せていた。面白そう、なんて中学生みたいな理由だが...。水飲み場を後にして俺は保健室へ向かった。
「すいませーん」
ドアをノックして恐る恐る開ける。そうしたら聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。
「はーい、って遥斗じゃん。どうしたん?」
そんなもはや先生とは思えない馴れ馴れしさで話しかけてきたのは姉の美紗だ。この高校の保健教師をしている。俺が保健室に近づきたくない理由がコレだ。
「体育でボールを頭にぶつけたからすこしみてほしくて」
俺は正直にそう言って姉に頭を見せる。
「ほー、見事に腫れてるな。おもしろ」
姉はケラケラ笑いながら慣れた手つきで保冷剤を用意した。弟が怪我して面白いってこいつ....。
「美紗姉さん...面白がってないでちゃんと見てくれ」「ちゃんと見た見た、腫れてるよ。だから保冷剤用意してんじゃん」
それと三木谷先生な。とどの口がと言いたくなる捨て台詞を吐いて姉さんは自前のコーヒーを淹れに言った。カフェイン中毒め..
テキトーだなホント。そう半分呆れながら俺は受け取った保冷剤を頭に当てる。うっ痛い。結構腫れてんぞこりゃ。そんな時ふと先程考えていた噂のこと思い出し、保健室のパーテションの奥側にあるベッドの方を覗き込む。そこには荷物置き用の机に大量の本が置いてあった。うげ....マジであるじゃん。そこで姉さんが俺の首をがっしりと掴み引き戻される。
「ここは病人限定エリアでーす。元気なやつは出ていきなー」
「俺も一応怪我人なんだけど...」
そんなことはお構いなしに姉さんは続けた。
「まったく、女子が寝てるベット覗き込んで何するつもりだったのよ。」
そこで新たな事実が判明する。「保健室の本の虫」は女の子らしい。
「女の子なのか」
「そうよ、わかったら授業に戻りなさいね」
姉さんはしっしと手で出ていけと催促してくる。
「はいはい、言われなくても戻りますよ」
俺が保健室を後にしようとすると何かを思い出したのか姉がもう一度、俺のくびねっこを掴む。
「ぐえっ、今度はなんだ」
「あんた、昼休み暇よね」
「え、まぁそうだな」
認めたくないが、実際昼休憩は飯を食ったら基本暇だ。ホントに認めたくはないが...
「よし決まり。あんた今日昼休み保健室に来なさい」
「なんで、勝手に決められるんだ。俺にだって休む権利はある」
「えー暇だって言ったじゃない!」
「前言撤回だ、休むのに忙しい」
「せめて内容ぐらい聞きなさいよ」
「あーはいはい。まぁ他を当たってくれ」
「なにをー!?」
「あの....うるさいんですけど」
姉弟で言い争いをしていると今にも消え入りそうな声が聞こえた
先に口を開いたのは姉だった。
「ごめんね、白糸さん。騒がしかったわね」
...白糸といえば、俺のクラスでまだ一度も姿を見ていない、いるかどうかも分からなかった生徒の苗字だ。俺は隣の席なので覚えている。
「あー...そのなんだ悪い」
俺はまだ姿も見せていないパーテション越しの声に謝罪する。
「い、いえ。大丈夫ですよ。こちらこそすみません...」すごく静かででもどこか心地言い鈴の音のような声だ。夏の暑い日には似合わなさそうで、よく似合うそんな声だった。なんて詩人みたいな表現を頭で考えてしまった自分が恥ずかしくなり、俺はぶっきらぼうに返事をする。
「そうだよ。全く姉が先生なんて困ったもんだ」
それじゃと俺は保健室を後にしようとするが、逃さないぞと姉が先回りする。そして、ヒソヒソ声で喋りだした。
「あんた、あの子の話相手と本の片付け係になってあげてくれない?」
「はぁ..?なんで俺がそんなこと...話相手はともかく片付けはパシリだろうが」
「事情があるの協力して...!」
姉がここまで必死なのも珍しく俺はしぶしぶ承諾することにした。
「....分かった。給料入ったら飯でも奢てくれよ」
「やりー!わかったわ」
決して、声を聞いて本の虫に興味が湧いたわけじゃない。そう、ホントに...。ふと時計に目をやると授業は終わりかけだった。
「やべ、早く戻らないと」
俺はそそくさと保健室をあとにする。そんなことから「保健室の本の虫」との不思議な関係が始まろうとしていた。