アンバランスなキルをかわして
ボウスハイトは手を休めない。体格差も違う。一子相伝の使い手である兄弟が激突した、あの一戦のようでもあった。
(くそっ、属性が違うのか?)
メシヤも体力がいつまでもつか分からない。ただでさえ、山登りの後で疲労困憊しているというのに。
意を決してメシヤからけしかけた。右手の臥龍剣でボウスハイトの左肩から袈裟斬りをするように振り落とした。
が、なんなく左籠手で受け止められてしまう。その衝撃を利用してボウスハイトは360度右回転し、後ろ回し蹴りを浴びせる。
メシヤの臥龍剣が弾き飛ばされ、G難度のリ・ジョンソンのごとく円運動をしたのち、大地に突き刺さった。
「お兄ちゃん!」
マナが兄の危険を察知し、臥龍剣を抜こうと駆け寄る。
「馬鹿、来るな!」
ボウスハイトが顔色一つ変えずに右手をかかげると、マナが気功術で吹き飛ばされた。
「キャッ!」
後方の岩壁にぶつかり、マナは倒れ込んだ。あと一歩間違えれば、急斜面から滑落するところだった。
「マナ!」
メシヤが片膝をついたまま叫ぶ。エリとレマは、すぐさまマナを介抱した。
「わたしは平気よ、お兄ちゃん!」
マナは気丈にもそう言うと、さきほど抜いた臥龍剣の柄を投げて渡した。
「トダラバー《ありがとう》、妹よ!」
「とんだ邪魔が入ったな」
ボウスハイトは冷酷にのたまう。
「非戦闘員を巻き込んじゃいけませんよ、大統領」
メシヤは静かに怒りをあらわし、構え直す。
再び両者の攻防が始まる。だが、やはりメシヤは後手後手に回ってしまう。相手は得物を持っていないにもかかわらず。
ボウスハイトが右拳をメシヤの右肩に、その後に左拳でメシヤの左肩を突く連撃をしたときだった。メシヤがボウスハイトの右拳を左手の鳳雛剣で、左拳を右手の臥龍剣で防いだので、両剣がクロスする格好になった。そしてその聖剣同士がこすれて、火と水が重なり合った。
耳をつんざく電撃音が聞こえた。それは、プラズマであった。
光の刃がボウスハイトの頬をかすめて、はるかかなたに飛び去っていった。
「いまのハ?」
エリたちが息を飲んだ。
ボウスハイトは間合いを広げて動きを止めた。口の端から赤いものが流れた。ボウスハイトはそれをぬぐい、手の甲を確認すると、大きく目を見開いた。顔には血管が浮き出していた。
「血・・・! この俺が気高い血を・・・!」
さきほどまで穏やかな口調であったボウスハイトの語気が、突然乱れた。
「許さんぞ・・・! ジャップの猿めが!」
汚いののしり言葉に、周囲は緊張感がいっそう増した。
「こんな石いるもんか・・・!」
ボウスハイトはガントレットに仕込んであった隠し銃で、時牢岩に向かって連射した。
石の表面に無数の細かい弾痕ができた。
「やめろ!」
メシヤは臥龍剣と鳳雛剣をクロスさせた。
あたりに放電現象が起き、メシヤの眼前は赤・青・黄の三原色で彩られた。メシヤの髪は逆立ち、金色のオーラで包まれた。
メシヤはボウスハイトを攻撃する意図はなかった。狙いはガントレットの隠し銃である。ジグザグに進路を取った光の刃が、ボウスハイトの隠し銃に向けて放たれた。
「こ、これは・・・!」
考える隙もなく、ボウスハイトの左手からガントレットがはじき飛ばされた。衝撃でボウスハイトも後方へ吹き飛ばされた。隠し銃の残骸は焼け焦げて、オシャカになった。
《メシヤくん、その光を時牢岩にぶつけてください!》
「レオンくん?」
どこからともなくレオンの声が聞こえた。他のみんなには聞こえていない。テレパシー、というやつだろうか。
「アバンティ!」
メシヤは向きを変え、時牢岩にエネルギーの限りを尽くして、雷撃を食らわせた。
空気を切り裂く、高くしびれるような破裂音と、岩を砕く、低くて鈍い破壊音とが入り交じり、時牢岩は明と暗、光と闇、黄色と黒のコントラストを互い違いに繰り返した。
メシヤがあらんかぎりのうなり声を出してパワーを振り絞る。すると、時牢岩からエメラルドグリーンの光が漏れた。
「ジャックポット!」
丸い時牢岩の岩肌がぽろぽろと剥がれ、探し求めていた石板、エメラルド・タブレットが現出した。
「「なんて神々しい・・・」」
エリとレマがその美しさに見とれた。
ボウスハイトは冷静になり、微笑を浮かべた。襟を正し、メシヤの元に歩み寄ってくる。しかし、メシヤは身構えている。
「メシヤくん、そいつは君が持っていたまえ」
「え~と・・・」
「ふふっ、さっきは取り乱してすまなかったな」
「ボウスハイトくんはこの聖剣の力を見たかったの?」
「そう、第三の剣、光瑤剣けんのポテンシャルを見たかったのだ」
「ボウスハイトくん、傷が・・・」
「こんなもの、かすり傷さ」
頬の一筋の傷をなでるロックフォーゲル。
「だが」
「?」
「そいつの力は、そんなものじゃない」
二刀の聖剣をまじまじと見つめるメシヤ。
「君はそんな強大な力を手にして、世界各国のあらくれどもからなぜ命を狙われないか、考
えたことがあるかい?」
「そういえばそうだね。まさか謎の組織に守られてるとか?」
「当たらずといえども、遠からずだな」
「確かに。聖杯のときはひと騒動あったけど」
マナが同調する。
「すまんな。あれは私の部下だよ」
大統領がそういうと、マリーン・ワンから一人の男が出てきた。
「ダニエルさん!」
「ふふ、そういうことさ」
「メシヤくん、さきほど君が自分で言ったように、君の周りには何重ものプロテクトがかけ
られている」
「僕に?」
「君の出生の秘密も、三重で生活を送っていることも、私とここで出会っていることも、ネ
ット上で君の深層情報にたどり着くことは出来ない」
「出来すぎですよ。僕に出生の秘密なんてないよ。なあ、マナ」
マナは、兄に問われた瞬間、急に神妙な面持ちになって黙りこくった。
「マナ?」
「お兄ちゃん、実は・・・」
「妹ちゃン!」
エリがマナを制止する。裁紅谷姉妹も何か事情を知っているようだ。知らぬはメシヤばかりなり、か。
「まあ、いいさ。僕は僕だ。それ以上でもそれ以下でもない」
深く追及するようなことはしないメシヤ。それをしてしまうと、マナと一緒にいられなくなるような気がしたから。
「危害を加えることはしないだろうが、君を利用しようとする輩は、方々からコンタクトを取ってくるだろう。そこの諜報機関の二人のようにね」
「「!!」」
大統領に視線を向けられた裁紅谷姉妹は大いに狼狽した。
「違うノ! メシヤ! ワタシたちハ・・・!」
「黙っていて申し訳ございません、メシヤさま・・・」
「利用だなんテ・・・! 最初は任務でメシヤのお目付けを言い渡されてたけド・・・。メシヤが嫌なヤツならとっくに祖国に帰ってるヨ!」
「お目付けと云うと人聞きが悪いのですが、正しくは守護です。イスラエル政府からは、あなたを最大限保護するように申し付けられております」
「気にすることないよ。それを聞いても、エリとレマへの僕の対応は何も変わらないよ。僕たちは北伊勢高校1年G組のクラスメイト。そうだろ?」
「メシヤ・・・!」
「メシヤさま・・・!」
レマはかろうじて堪えたが、エリは目に涙を浮かべている。メシヤが怒って相手をしてくれなくなったらと、その不安が日に日に増大していたのだ。まだ15歳の少女には、酷な任務であった。
「ふふっ、今日のところはこれで失礼するよ。私も表向きは一国の大統領だからね。もっとも、君と会うことは日本の首相と会談するよりプライオリティは上だが」
「大袈裟ですよ、ロックフォーゲル大統領」
「では、また会おう。リトルブラザー」
「リトル・・・ブラザー?」
ダニエルも目だけでメシヤに挨拶すると、ボウスハイトの後をついて専用ヘリに乗り込んでいった。
メシヤはどっと疲れたのか、脚が三重に折れ曲がるように、崩れ落ちた。