招かれざる客
「はい、そこまで」
声の聞こえたほうを振り返ると、忘れることの出来ないあの男が立っていた。
「ダニエル・・・さん?」
「覚えていてもらって光栄だよ」
「まだ開店前ですよ」
「これがメシを食いに来たように見えるか?」
気を削がれるダニエル。
「ダニエルさんがいるってことは、ひょっとしてこれは・・・」
「察しがいいな。そいつが聖杯だよ」
メシヤは胸のざわめきを覚えた。北伊勢教会でも神剣を奪われそうになったが、あっさりダニエルは引き下がった。だが、今日は違う。聖杯を持ち去ろうとしている。
「このあいだとは事情が違うようですね」
「どうかな。ただ、上が代わったからな」
「上?」
誰のことだろう?とメシヤは思い巡らせたが、皆目見当が付かなかった。
「妹がいなくなったらさぞや悲しむだろうな」
「!」
マナが身の危険を察知して後ずさる。
ダニエルの後ろに控えていた大男が素早くマナの背後に回り、後ろ手を固める。
「痛いっ!」
非力なマナには抵抗するすべも無かった。
「さあ、どうする? メシヤ」
舌舐めずりをして問うダニエル。
「ダニエルさんさあ」
静かに口を開くメシヤ。
「僕も学校の成績はどん底で、先生たちからは将来を不安視されてるけど」
マナが心配そうに見つめる。
「大切な妹を見捨てるほど落ちぶれちゃいないよ!」
「お兄ちゃん・・・」
マナが申し訳なさそうにつぶやく。優しい兄がここまで怒るのを見るのは初めてだった。
「聖杯はあげるよ。だからマナの手をほどいてほしい」
メシヤは躊躇なく進言した。木箱を手に取り、3歩前に出て床に置くと、元の位置に戻った。
「素晴らしい兄妹愛だな」
ダニエルは冷血な表情のまま、かすかにあたたかい言葉を吐いた。
ダニエルが大男に顎をしゃくると、マナは解放された。すぐさまメシヤに駆け寄り、守られるように背中へ隠れるマナ。手首が赤く変色していた。
「我々も手荒な真似はしたくない。こいつさえ手に入ればいいんだ」
「ヤブヘビかもだけど、この剣も欲しいんじゃないの?」
言わなくてもいいことまで言ってしまうメシヤ。
「そいつは我々では効果を発揮しないことが分かっている。本来の持ち主でない者が使うと、牙を剥くこともな」