パパからもらったラーミネート
「とっても大事にしてたのに、壊れて見えないメニューがあるんだ」
演出上、メシヤの父親は出番が無い。父親の作成したメニュー表が、だいぶ傷んでいる。
「メニュー表ってすぐ油でベタベタになるわよね。かと言って拭いてもあんまり綺麗にならないし」
これはどうしたものだろうか。
「それならマメにラミネートしたほうがいいな」
めし屋フジワラでは、タブレット注文を採用していない。
「ラミネーター、あると便利ですわ」
裁紅谷姉妹は、2029年の未来からやってきた、サイボーグのような戦闘力である。
「紙切れだけだと無くすシ、すぐボロボロになっちゃうからネ」
メニュー表を眺めてご満悦の、天使のような軍神の笑顔。
「それで言うと、ラミネートしてある診察券のほうが長持ちよね。むかしながらの、予約日時を直接書き込むようなタイプには使えないけど」
マリアのような健康優良児でも、掛かり付けの医者があるのだろうか。
「そうそう。けっこう用途が広いんだよ、ラミネートは。大きいサイズになると、自分でつくった方が安上がりだし」
店に売っているラミネーターなら、A3サイズまでつくれるモノがある。A2なら、A3をふたつ繋げてつくる。
「小さいお子様がいたりペットを飼われているご家庭ですと、大切な書類を破損してしまうことがありますものね」
大人でもコーヒーをこぼすことが考えられる。
「きょうはメキシコのサンド、セミタ・ポブラナを作ったよ。仔牛のカツレツだから、エリとレマも食べられるはず」
めし屋フジワラは毎日食べられるメニューが変わるので、ラミネートしたメニュー表は、基本的な料理だけを載せてある。
「ワ! ただのハンバーガーより断然こっちのほうが美味しいヨ!」
肉を揚げた時点で、勝負は決まっていた。
「こんな重厚なバーガーは、なかなか見られねーぜ」
まだ早い時間だが、夕食もいらなくなるくらいのボリュームだ。
「日本に来て、体重が増えないか心配ですわ」
右手を頬に当ててうっとりするレマ。
「こういう日替わりのメニューは、ボードに書いた方が手っ取り早いわね」
マリアの傍らには、フィッシュアンドチップスも添えてあった。
「美味しい料理を食べさせてもらったシ、ワタシも一曲披露しようかナ♪」
どこから持ってきたのか、エリがクラリネットを吹く体勢に入った。
小さいからだと大きいクラリネットが不釣り合いだったが、その場の空気が一変した。遠くイスラエルの情景を思わせる調べだった。
「あれ?」
途中から曲が崩れだした。
「エリ、なんか音が飛んでない?」
メシヤが異変に気付いた。
「“ラ”の音が出なイ!」