遠い声 遠い部屋
「マリア、遅くまで感心ですね」
神父ベネディクトが、シスターマリアを呼び止めた。彼女は、聖ヨハネ北伊勢教会にある女神像を丹念に磨いていた。メシヤはこの像が握っていた二振りの聖剣を、持ち去った経緯がある。
「はい。こうしていると、なぜか落ち着くんです」
年頃の女子高生、悩みも多かろう。
「この数年で、主の御心から人類は大きく遠ざかってしまいました。ですが、声が届くところには届くと、あなたたちを見ていると感じます」
ベネディクトは、ロザリオをそのやわらかな手で覆った。
「神父さま。あたし、いままで周りから散々言われてきたんです。『神様なんか信じてるの?』とか『願いなんか叶えてくれるわけがない』だとか。ひどいのになると『世の中こんな悲惨な状況になってるのに、神様はなにもしてくれないじゃないか。だから神様なんているわけないんだよ』なんて、吐き捨てるように」
見た目がギャルそのもののマリアだが、信仰心とはなんら関係無い。
「そうしたインフィデルの人達の言い分も、一理あるでしょう。たとえばですが、神社参りをして『僕はサッカー選手になって、ワールドカップで優勝したい』とお願いしたとしましょう」
マリアは、素直に頷いた。
「そうした願いは大抵聞き届けられません。ですが、本当に熱烈に願っているのなら、その人物を主は試そうとします」
滔滔と話す神父。
「お祈りをした時点では経験値が低い少年に対して、修練を積ませるようなシチュエーションを、どんどん作り出してくるのです。それを乗り越えていけば、そんな夢はたやすく実現するようになっているだろう、と、こういう主の慈愛なのです」
ベネディクトは、神の僕にふさわしい笑顔を浮かべた。
「はい! 祈っただけでどんな願いも叶うのだったら、無神論者が納得しないのもいたしかたありませんね」
マリアは十字を切った。
「自分自身の意志が無いことには、何も始まりません。どんな将来にしたいのか、どんな世界で過ごしたいのか、まず自分の小宇宙の中に描いてみることです。すべてはそこからです」