大炎上しても、あっけらかん
『大人気恋愛リアリティショー番組内で、差別発言?』
──大人気恋愛リアリティーショー番組、今日これから、君を好きになるの第3話にて、国民的アイドルとして名高いImitation Queenのメンバー、大宮花恋さんが突発性難聴を発症しているking deceptionのメンバー、羽村空成さんに対する発言が問題視されています──。
そうした一文から始まる大型検索エンジンyabasugiニュースに掲載された記事は、SNSを通じて瞬く間に拡散された。
『虹花ちゃんに迷惑かけるなよ』
『花恋かー。いつかやると思ってた』
Imitation Queenのファンたちは、絶対的エースの七色虹花に迷惑を掛けるなと大宮に厳しい声を掛けている。
まぁ、そうだろうな。大宮の所属するアイドルグループは、七色虹花が絶対的センターとして輝くことで、成り立っている。問題が起きれば、迷惑を掛けるなと心無い言葉で批判されるのは想定済みだろう。
『これ君で差別発言とかショック~!』
『ヤラセだろ』
『番組、楽しみにしてたんだよ!?制作中止になったらどうしよう!』
恋愛リアリティショー番組のファンは、番組が打ち切りになるんじゃないかと心配をしていた。
差別発言としか思えない大宮の発言は、あらゆる所に飛び火して大炎上している。このまま何事もなかったかのように番組を続けるなど、誰がどう考えても無理だ。
『耳が聞こえなくなっても、頑張ってるソラくんを批判するとかありえない!』
『アイドル辞めるのはお前だろ』
『ブスのくせに』
『批判しなきゃいけないメンバーは、他にいるでしょ!?』
『にわか乙』
俺の数少ないファンは、釘付きの棍棒片手に鬼の形相で大宮を叩く。足を引っ張るならアイドルやめろ、耳が聞こえないくせに。その言葉が特に許せないらしく、怒りの矛先は明らかにパフォーマンスが落ちている三馬鹿にも飛び火して行った。俺は悪くねぇし。知らねーぞ。
『耳が聞こえなかったら、引きこもってろってこと?』
『恋愛リアリティショーでこれはない』
『公共の電波使って誹謗中傷かよ』
『番組を盛り上げるためなんて言い訳は無理でしょ』
『大宮花恋ってこういう性格なんだ、最悪』
番組内を見たことすらなく、ニュース記事やSNSの反応だけを見た野次馬達は好き放題大宮を責め立てた。
俺を応援する声はあっても、女相手にみっともなく泣いたりマジギレした件が批判されると内心怯えていた俺は、世論の流れにビビり散らかしている。
いや、どうすんだよこれ……。
炎上でもなんでもして番組終わらせようぜと、放火魔気分でやりたい放題やった自覚はあるけどさ……。今はやり過ぎたと少しだけ反省している。
これで誹謗中傷に耐えきれなくなった大宮が自殺なんかしたら、俺が悪く言われるんだよな?
俺は今のところ、悪く言われてねぇけど。あれが自分に向けられていた悪意だと考えるだけでも、もっと耳が聞こえなくなるような気がする。
今後のことを考えたら、冷や汗が止まらなかった。
これはまずいことになったと、制作スタッフ達も考え直したらしい。
今後のことを協議する為出演者全員が集まり、話し合いの場が持たれた。
カメラは回っていないと説明を受けたが、会議室には隠しカメラが用意されている。目視4台。内容次第では、放送に乗るだろう。
「あはは。炎上しちゃってごめんなさーい」
本人はSNSの心無い声に晒され、精神を病んでいるかと思いきや──ピンピンしていた。
なんでだよ。
陰口叩かれたら、絶対に自殺しなきゃならねぇ理由はねぇけど。あっけらかんとしているメンタルの強さは見習いたい。
「今、わたしって、とっても輝いてない?虹花よりも、輝けるかなぁ?」
大宮は自身の所属するアイドルグループを国民的と呼ばれるまでに導いた絶対的センター、七色虹花の名前を出して瞳を輝かせる。
彼女はアイドルとしてのステージを初披露した時から瞬く間に名を轟かせて行ったが、大宮の場合はアイドルだからではなく、気分が悪くなる発言を山程したから炎上しているのだ。
彼女のように輝けるはずもないのだが、どうして輝いていると思っているのだろう。こいつも思い込みが激しいタイプか?
俺は大宮を睨みつけながら指摘する。
「注目して貰えるなら、なんでもいいのかよ」
「今は悪い感情でも、わたしのパフォーマンスを見たら、好きになってくれるよ~。ピンチはチャンス!野球のバッターだって、追い込まれたら勝負だって言うもん!」
ツーアウトツーストライク満塁、ボールスリーの状態でホームランを打てたら大宮の勝ちだと自信満々な様子を見せるが、大ブーイングの中ホームランを打った所で、ブーイングが大きくなるだけだろう。
一度悪い感情を向けられた人間が、実はいい人だったとイメージを変化させるのは、簡単なことじゃない。
どれほどいい行いをした所で、あいつは過去に俺を悪く言ってたやつだと不必要に執着され、アイドルとして活動する限り、悪意をぶつけていい相手と世間に認識され続けるのだろう。
集団リンチと、何が変わらねぇんだよ。
俺が大宮の立場だったら、今後のことを想像して真っ先に命を断つ。生きているだけでも気に食わない奴らから心無い言葉を掛けられるなんざ、考えたくもねぇ。
大宮はバッドを握るポーズを披露すると、狙いを定めて振る。
どんな敵が四方八方に押しかけ囲まれようとも、己の力で蹴散らすと覚悟を込めて……。
スーパーマンみてぇだな、こいつ……。
『メンタル鬼強じゃん!』
『バッドに当たるギリギリまで我慢して、引っ張るとか……プロ野球選手でも難しいぜ?』
『いつからプロ野球選手になったんだよ』
『野球に例えられても、よくわかんない……』
野球に例えたのは大宮だったが、一部共演者から意味不明だと難色を示されているようだ。俺は難色を示している男女に声を掛けると、別の例え話を提案した。
「お前ら、ゾンビ系のゲームか、パニックホラーものって見る?」
『ゾンビと戦うゲームなら、やったことあるぜ』
『ゲームはやったことないけど、実写映画なら……』
「あいつがゲームや映画の主人公だったと仮定してくれ」
「わーい!わたし、主人公~!」
バッドを握るふりをしてブンブン振るっていた大宮は、俺に主人公と称されるとご機嫌な様子で軽やかなステップを踏む。
不思議ちゃんにも程があるだろ。何なんだよこいつ。名前の通り、頭に花でも咲いてんじゃねぇの?
「あいつがゾンビにぐるりと囲まれて、逃げ場を失ったとする」
『ゾンビって、誹謗中傷してくる奴らのこと?』
『例え話でも、誹謗中傷してくる人をゾンビ呼ばわりはよく無いんじゃ……』
「あいつは棍棒を振りかぶって、一撃でゾンビを撲殺しようとしてんだよ」
『なるほど。それでホームランか……』
『ゾンビって、死なないからゾンビって言うんじゃないの?』
野球の例えがよくわからない共演者達はなんとなく理解を示してはくれたが、共演者の一人がいいことに気づいた。
そう。ゾンビは不死だ。
人間が凶器を振り回し倒そうとした所で、一時的なダメージしか与えられない。
誹謗中傷してくる奴らだって同じだ。どこからともなく湧いて出てくる。訴えを起こし、数人から慰謝料を巻き上げた所で、誹謗中傷するような奴らは自分に関係ないと大宮を誹謗し続けるだろう。
感染源を断たなければ大宮が生きている限り、一生ゾンビに命を狙われ続けるのに……暢気なもんだよな。
大宮は事の重要さをよく理解していないようで、俺の所まで駆け寄ってきた。
「ソラくん、わたしのこと心配してくれるの?ありがとー!」
「ありがとうじゃねぇんだよ。お前がアイドルとして活動を続ける限り、一生悪意をぶつけられるかもしれねぇだぞ」
「わたしだって、黙って殴られ続けたりしないよ?」
「今よりもっと大きな炎上騒ぎになったら、どうするつもりだ」
「アピールタイムが、継続するだけだよね?」
「お前一人の問題じゃねぇんだよ。番組の放送が中止になったら、金の問題だけじゃ済まされねぇぞ」
「わたしが大炎上しているお陰で、番組の再生回数は鰻登りだよ!わたしは番組に貢献しているの。後のことは、炎上マスター花恋ちゃんに、任せなさーい!」
頭の中が花畑としか思えない大宮なんかに任せたら、全員共倒れだ。俺が厳しい目を向けると、共演者たちは不思議そうに俺を見た。
大宮を心配する俺の態度は、共演者にとって驚くべき態度であったらしい。
『ソラは花恋のことを無視するか、撮影に出てこないかと思ってた』
『ソラくん優しい!あれだけボロクソに叩いてきた花恋のことを、心配してあげるなんて……』
共演女性から俺に対する評価は鰻登りのようで、恋愛リアリティショー内のヒエラルキーが上昇している。恋とか愛とか、馬鹿馬鹿しいにも程があるだろ。一時の感情に振り回され、迷惑を被っている側としては、人気女性に告白してカップルを誕生させるための踏み台役へ徹することが、俺や番組にとっての最善だと考えていた。
人間には誰しも、与えられた役割が存在する。
炎上騒ぎが起きる前、大宮の役割は破天荒なムードメーカーだった。突拍子もない提案をして、みんなを楽しませる。自分が誰かと恋に落ちるよりも、前に出ていけない共演者の背中を蹴り飛ばしてでも前に押しやる。
いつも笑顔の大宮は、自分へ恋愛面のスポットライトが当たるのを拒んでいた。
それは俺も同じだ。
当たり障りなくのらりくらりと躱し、ただ画面に映っているだけ。耳が聞こえづらく、音声認識アプリに文字が表示されないと会話の内容が理解できない俺には、会話にタイムラグがある。
放送時間は限られているので、俺をクローズアップすると番組内容が薄くなりがちだ。俺はよほどのことがなければ自身の意志をアプリへ文字を打ち込むことで伝えたりしなかったし、大人しくていた。