ペアルック
「ソラくん、じゃーん!」
大宮は三馬鹿に向けて、あるメールを送信した。三馬鹿に対する一斉送信で、アドレスは互いに確認できないよう、BCCで隠されている。
『わたしとマネージャー、選ぶならどっち?』
大宮の送信したメールに、三馬鹿は揃いも揃って大宮を選ぶと宣言した返信を返してきたらしい。馬鹿な奴らだ。女に依存するしか脳のねぇ奴らが、これ君の最終話が無事に放送された時どうなるのかなど、考えたくもない。俺変な恨みを拗らせでもしたら、どうするつもりなんだか……。
「ソラくん、浮かない顔してるぞー。もしかして、わたしが取られちゃうかもって心配してるの~?」
「悪いかよ」
「嬉しい~!ソラくん、心配しなくても大丈夫っ。三馬鹿には伝を使っていい感じに合コンへ誘導して、押し付けちゃうんだから」
大宮は可愛い顔をしてとんでもない悪魔だ。
男を誑かし、用済みになったら他の女へ擦り付けるとか……。
俺もいつか用済み扱いされて、捨てられるんだろうな。
「ソラくんは、特別だよ~?」
口ではなんとでも言える。俺を特別だと口にする大宮が、俺を裏切らない保証はない。
大宮の決意は、話半分に聞いておくのがいいだろう。俺たちはまだ学生だ。これから、何年交際を続けられるかだってわかんねーし、期待はしないでおいた方が、後々傷つかなくて済む。
彼氏彼女が互いに一番信頼し合える関係なんて、嘘っぱちだ。
俺は大宮のことは好きでも、心の底から信頼しているわけじゃねぇ。俺たちはアイドル。ファンの異性と触れ合う機会は山ほどあるし、必要であれば愛だって囁く。仕事中の行いまで浮気と称していたら、うまくいくものもうまく行かねぇだろ。
変な仲間意識に依存したせいで、俺の耳はぶっ壊れた。大宮のお陰でだいぶストレスは軽減してきたけどさ……変な独占力とかを抱いて、これ以上拗らせるわけにはいかねぇんだよ。
「はいはい、そうだな」
「信じてよ~っ。わたしはソラくんが大好き!アイラブユーなの!わかる?ソラくんが世界の全てで、他の男に囁く愛は、上辺だけの空っぽ!感情が籠もってない!」
「……大宮がそのつもりでも、受け取る側がその気なら、何の牽制にもなってねぇぞ」
「ソラくーん。ねえ、おねがーい。信じてよーう」
「信じてなきゃ、番組内で告白なんざしてねぇよ」
俺は今日、初めて大宮の制服姿を見た。地下アイドルに毛が生えた知名度しかない俺は、芸能科のある高校ではなく、公立高校に通っている。学ランはあんまり好きじゃねぇんだけど、それが制服だ。文句を口にした所で、制服が変化するわけでもねぇ。仕方なく着ている。
大宮は有名な芸能科がある私立高校に通っているようで、夏服はセーラー服だ。身体を揺らすたびに、スカートのプリーツが揺れる。大宮の私服姿はフェミニンスタイルで、とても高校生には見えない。大人っぽくて、いまいち年が近いようには思えねぇけど──セーラー服姿の大宮を見ていると、嫌でも大宮が高校生であることを自覚させられる。
年相応に見えるんだよな。
制服姿の俺と大宮は、通行人から見て、どう映るのだろうか。
仲のいい友達?恋人?それとも──。
「あいつら、なんて言ってる?」
「ん~、あれ、鳥越学園の制服だよ。芸能人?恋人同士かなぁ~?えー、でも、鳥越って恋愛禁止だよ~?男の子は見たことない制服だし、兄妹とかじゃない?」
「──あんまり、目立つことすんなよ」
「ソラくんが一般人だと思われてるの、わたし嫌だなぁー。SNSで制服姿、アップロードしよっか。反響すごそうだよー?」
「やめとけ。鳥越が校則に厳しいのは有名な話だろ。退学にでもなったらどうすんだ。俺は責任、取らねぇからな」
「その時は、わたしをお嫁さんにしてね~?」
まったく……調子がいいやつ。
変装もなしに男連れで国民的アイドルが都内をほっつき歩いて、何の話題にもならねぇ辺りがなんつーか、ほんとに世間様は七色虹花にしか興味がねぇんだなって気にさせる。外野の俺だってそう思うんだから、こいつからしてみれば、思うことは山程あるだろう。
「責任取らねぇって、言ったろ」
「あはは、聞こえませーん!」
大宮はスカートの裾を翻して、くるくると回った。
──これ君の撮影が終了してから、1週間が過ぎた。
馬鹿女は俺たちと揉めた後、水都とプロデューサーの元でも問題を起こしたらしい。その後助けを求めに三馬鹿の元へ戻ったが、大宮の恋奴隷と化した彼らは馬鹿女と袂を分かち、馬鹿女は飛んだ。
簡単な話が、レッスン場や事務所に現れなくなったのだ。なんの連絡もなく、逃げるように馬鹿女は姿を消した。
プロデューサーは退職願を出して貰えないと困っていたが、馬鹿女は俺たちの邪魔をするだけで、仕事らしい仕事はしていない。給料が発生していたのがおかしな話で、社長と相談し、馬鹿女は自主退職扱いになりそうだと聞いている。
『すまなかった!』
『花恋に言われて目が冷めた!』
『これからは心を入れ替えて、みんなで武道館を目指しましょう!』
三馬鹿はレッスン場で顔を合わせた際、頭を下げて俺に許しを請う。ごめんねで済んだら、警察はいらねーんだよ。彼氏である俺を差し置いて、大宮の名前を当然のように呼んでいるのもムカつく。
馬鹿に付ける薬はねぇ。謝罪をしたから、今まで通りの関係に戻れるわけがねぇだろ。
「お前らのせいで、king deceptionの評判は地に落ちた。謝罪をするべき人間は、俺だけか?俺に頭下げるよりも、やるべきことがあんだろ。全部自分の口で説明しろよ。俺と水都は手伝わねぇから」
三馬鹿は自分たちの頭で物事を考えられねぇ。自分たちの頭だけで考えさせたら、とんでもねぇ間違いをやらかすに決まっている。
三馬鹿の矯正は、プロデューサー手動の元慎重に行われた。動画投稿サイトで謝罪動画を投稿し、今まで腑抜けていた間の自主レッスン動画を撮影したなどがアップロードされ始めると、ファンは歓喜する。
俺は世論の流れが三馬鹿の頑張りによって、批判から応援の声に変化していくのを眺めながら、なんとも言えない気持ちで水都と2人、レッスンに励んでいた。
「耳の調子はどう?」
馬鹿女が消えてから1ヶ月も経てば、ストレスが軽減されたからなのか。俺の耳は、正常な聞こえに戻りつつあった。時折雑音に紛れて聞こえないこともあるが、日常生活を送るだけならば問題ない。ファンには、完治してから報告する予定だ。
「一時期に比べたら、よく聞き取れるようになったぜ。俺の声も、ちゃんと聞こえる」
「よかったね」
「おう。ありがとな、水都。お前とプロデューサーがいなかったら、俺は今頃……」
「たらればの話をするよりも、これからのことを心配した方がいいんじゃない」
水都の言う通りだ。馬鹿女がいなくなって、三馬鹿の洗脳が解かれてハイ終わりとはならない。
三馬鹿が本気でこのままking deceptionとして活動をしていくつもりなら、俺たちは息をぴったりとあわせてパフォーマンスをする必要が出てくるからだ。
馬鹿女に洗脳されていた三馬鹿の態度を思い出すと、俺はとてもじゃないがこいつらと一緒に仕事しようなんて気持ちにはならなかった。
信頼関係が崩壊していたとしても、このままking deceptionとして活動を続ける限りは、表向きは許したように見せかけて、ファンに完璧なパフォーマンスを見せつける必要があるとか……。冷静に考えて、無理だろ。あいつらと心を通わせて、一糸乱れぬパフォーマンスを披露するとかさ。
それができないなら、やめるしかない。
あいつらが正気に戻っても、耳が聞こえるようになっても喜べない理由はこれだ。俺の心が弱いから。俺の心が強ければ、あいつらが戻ってきてくれたことを喜んで、武道館を目指そうとしていたかもしれねぇのにな……。
「なぁ、水都」
「なに」
「自分の心が醜いと知っちまったら、お前はどうする?」
「どうもしないけど」
俺は相談する相手を間違えた。水都はいつだってこうだ。他人に興味関心を抱けない水都は、わが道を突き進んでいる。
俺は迷いなく前を向いて突き進む水都が羨ましく思うと同時に、水都のようにはなれないと思っていた。
人間は同じにはなれないからこそ、惹かれ合う。同じになる必要などないのだ。たくさん悩んで、苦しみ、迷いながらも、生きていくしかない。
今すぐでなくてもいい。三馬鹿との仲は、いずれ時間が解消してくれる。そう信じて、前を進んで歩いていけば──いつかはきっと、救われる日を信じている。
「ソラくーん!放送、見た!?」
──これ君最終回収録日から2ヶ月後。
ついに、最終回が放送された。翌日学校帰りに会う約束をしていた大宮は、元気いっぱいに俺の胸へ飛び込んでくる。
「ぐ……っ。大宮……。鞄の中、何入ってんだよ……」
「教科書!置き勉禁止だから~」
大宮はあっけらかんと言い放ったが、彼女から預かった鞄はとんでもなく重かった。可憐な容姿だけど、案外力は強いんだな、こいつ……。
「あのね、わたし達の評判、すっごくいいの~!」
「よかったな」
「うんっ。それでね、それでね?コラボ動画を出したいなぁって。歌ってみたと踊ってみた、どっちがいいかなぁ?」
「コラボ動画?」
俺のような弱小アイドルグループは動画投稿サイトを利用して客を飽きさせない工夫をしなきゃならねぇけど、国民的アイドルグループに所属している大宮は、絶対的センターである七色虹花が活動するだけで、面と向かって顔を合わせるのも一苦労な程に客がやってくる。Imitation Queenは公式動画投稿アカウントを持ってはいるが、PVなどの投稿のみしかしていなかったはずだ。
「キンディセって、収録から編集まで全部メンバーが担当してるんでしょ~?」
「ああ。IT関連は水都が強いからな」
「そこに練習風景をねじ込んで、ショート動画をイミクイのSNSでアップするの!完璧な導線だよ~。わたしって天才!」
大宮は、俺がking deceptionに居づらくなっていることをよく理解している。アイドルとして輝く俺の姿に惚れた大宮は、俺をアイドルとして輝かせる為に、アイドルカップルとして売り込むつもりのようだ。
「番組外で絡んで大丈夫か?許可取っとかねぇと、後々面倒なことになるぞ」
「んー。許可は出なかったよ~。でも、やったもん勝ちじゃない?」
「許可出てねぇの?」
「わたし、イミクイで一番存在感ないから。パーッとでかい花火ぶち開けて、ソラくんと心中してもいいかなぁって思ってるんだ~」
心中したら駄目だろ。
ただでさえ現役のアイドル同士が、キスシーンを披露したって大炎上してんのに。プロデューサーの許可も得ずに、カップル成立した後仲良くダンスしたり歌を披露したりしていいのかよ。
「わたしのやることなす事に文句言うような人たちは、お金を落とすようなファンじゃないもーん。大丈夫、大丈夫!」
大丈夫じゃねぇから、やめとけって話をしてんのに……。
大宮はすっかりやる気のようで、すでに動画撮影を行うためにレッスンスタジオの予約を1時間取ってあると告げた。まじかよ。練習着とか、何も持ってねぇのに。
「やってみよーよ、ソラくん!わたし達、二人で一緒に!息ぴったりのパフォーマンスができると思うから~っ」
大宮は俺の腕にまとわりつくと、おそろいの動画撮影用衣装を買おうと提案してきた。数十万単位の金が飛び交うブランドショップに案内されたらどうしようかと思ったが、大宮が俺を案内したのは庶民の味方。シンプルなデザインとプチプライスが売りの衣類量販店だった。
「カップルといえば、ペアルックだよねぇ~」
「男女のペアルックって、あんまり見たことねぇけど」
「こういうのは、彼氏のサイズに合せて、一番小さいサイズを彼女が着るんだよ~。ダボダボで大きかったりする所は、アレンジを加えるんだ!彼シャツってやつだね!」
それは成人した男女の話じゃねぇの?
成長期は過ぎつつあるけど、俺は基本Sサイズを着用している。一番小さいサイズを買うってことは、同じの2着買うってことだよな?
それで彼シャツ状態になるのか……?
「Sサイズがある服なら、なんでもいいってことだな」
「ソラくん、Mじゃないんだ~?」
「サイズをつけろよ、変な会話に聞こえるだろ」
「えすえむ……」
「洒落になんねぇから」
「はぁい」
鳥越の制服を着た大宮が、そうした話をしている所を告げ口でもされたら面倒だ。俺が注意すれば、大宮はセール品の小っ恥ずかしいTシャツを俺の前に掲げてきた。
「ソラくん!これとこれならどっちがいーい?」
「却下」
考えるまで来なく却下だ。デカデカとハートマークにあいらぶゆーと書かれたTシャツなんて、誰が着るんだよ。100円だって買いたくねぇ。もう一つの方は、謎のゆるキャラが書かれたゆるゆる系のTシャツだ。大宮は俺と罰ゲームがしたいのか?
わかんねぇな……。
「服のセンス、ねぇな……」
「お小遣いで買えるやつがいいかなぁって思っただけだよ~。わたしのセンスがいいとか、悪いとかじゃないのに……っ」
「自前のワイシャツと、羽織物の色を合わせるだけにしようぜ。大宮のイメージカラーってピンクだよな?」
「うん!ソラくんは空色だよね!じゃーあー、逆のカラーにしよっ。わたしが空色、ソラくんはピンク!」
「まじで?」
2000円のピンクカーディガンと、100円のI LOVETシャツなら、どっちが罰ゲームとしてより恥ずかしいものになるんだ?
金銭面の負担が激しいピンクカーディガンを着ることになるなら、口を滑らせなきゃよかったと後悔しても遅い。大宮がごきげんな様子で空色のカーディガンを持ってきてしまったので、俺は仕方なくピンク色のカーディガンを購入し、身につける羽目になった。




