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結ばれる運命

「お前ら、喧嘩すんな」

「弟くんが悪いんだよ~!」

「──から──」


 弟が大宮を貶すような発言は、脳が聞くのを拒否した。大宮と結ばれたお陰で精神的に安定している所に、馬鹿女の話を聞いて大丈夫なのか?

 元の木阿弥になったりでもしたら、面倒だな……。


「──」

「マスターさん!こんにちは!3人でーす」

「──」


 大宮が俺たちを案内したのは、雑居ビルの中に併設されたバースタイルの飲食店だった。芸能人御用達の店ってやつだ。俺は来たことねぇけど。

 カウンター内にいる私服姿の男に人数を告げた大宮は、勝手にテーブル席へ座って、俺たちにも座るよう促す。

 俺と手を繋いでいる大宮が座ったのだから、俺も当然彼女の隣へ座ることになるわけだが──ブラコンの弟が、俺の隣を大宮へ譲るはずもない。

 どっちが俺の隣に座るのかを揉め始めたので、2人がけのソファに俺と大宮が座り、弟には俺の隣に用意された一人がけの椅子へ座ってもらうことにした。


「ソラくん、わたしを優先してくれてありがとう~。ソラくんの隣だぁ~。嬉しい~」

「おれだって──」

「弟くんは距離があるもんねぇ~。わたしの方が、こーやって密着できるもん」


 大宮は弟を煽り、俺の胸へとしなだれ掛かる。開いている手で大宮の髪を撫でつければ、弟は鬼の形相で大宮を睨みつけた。

 本当にこいつは……ブラコンを通り越して、色々大丈夫なのか心配になってくるな。


「兄さ、」

「今は大宮と言い争うよりも、大事なことがあるだろ」

「……うん……」

「大宮。ドッキリとかじゃねぇんだよな」

「ドッキリなんかじゃないよ~!ソラくんは、わたしの彼氏になったんだぁ。真剣交際。ゴールまで、一直線だよ!」

「わかった」


 俺は大宮の髪から手を離し、スマホを取り出した。

 今までの内容は聞く価値もないどうでもいい話ばかりだったが、これから話をする内容は、しっかりと把握しなければならない内容だ。

 急に耳が聞こえなくなっては困ると、スマホアプリには補助的役割をしてもらう。


「くだらない理由で馬鹿女を連れ込んで、三馬鹿と代わる代わるデートしてたことがわかったら、ぶん殴るからな」

「あれはデートじゃなくて、接待だよ~。持ち上げてから気持ちよーくさせて、地獄の底へ叩き落とすの。立派な恋奴隷にするためには、必要なことだったんだ~」

「そうかよ」


 大宮は悪びれもなく、三馬鹿を好きなふりをして恋奴隷に仕立て上げるためデートを繰り返しただけで、恋愛感情は一切持ち合わせていないと弁解した。

 馬鹿女の洗脳を解くためには、馬鹿女よりもいい女に溺れさせるのが一番いい。そう判断した大宮は、俺が嫌がっていることを知りながら、俺が昔のように仲間たちとキラキラと輝ける現場環境を作り出すべく、暗躍したのだ。

 三馬鹿から、気持ち悪いとしかいいようのない重婚の提案を受けた時から、俺はあいつらと昔のように肩を並べ合い信頼し合うことは諦めた。

 大宮が三馬鹿の誘惑に成功していたとしても、重婚の提案相手が馬鹿女から大宮に変化するだけだ。冗談じゃねぇ。

 大宮は俺のものだ。誰にも渡さねぇし、共有なんざしねぇから。


「馬鹿女みてぇにさ。複数の男を侍らせて愉悦に浸ることだけを目的に、しているわけじゃねぇよな?」

「当然だよ~。わたしはソラくんが一番だもん。ソラくんに誓ったでしょ?これ君するって。運命がわたしたちを引き裂いたとしても、わたしたちは結ばれる運命なんだよ~」

「運命、ねぇ」


 運命の言葉で片付けるには、都合が良すぎる。


 俺と話をするために、初めて特典券を複数枚出ししてきた女。当時彼女はアイドルではなく、どこにでもいる普通の女の子だった。元々ファンで、俺と対等になるためアイドルを志したとかなら、運命なんて単語が出るのはおかしくねぇけど……。大宮は当時、アイドルデビューが内定していたからな。

 大宮は国民的アイドルと名高いImitation Queenのメンバーだ。肩書だけはすげぇ大宮に、数百倍劣っているアイドルとしてのパフォーマンスを見せてしまったことは、運命なんて言葉では片付けられるはずもなく──その話を深掘りすることはできそうにない。

 俺から見て左側に座る弟は、両手を握り締め……祈るように膝上へ手を乗せていた。俺は弟へ視線を移すと、問いかける。


「ハル。お前、あいつのことわざと連れ込んだのか」

『兄さん、ごめん。おれのこと嫌わないで……』

「謝罪はいらねぇから、事実だけ話せ」

『兄さんを守るためには、必要なことだったんだ。そこの女から提案を受けた。兄さんを傷つけるつもりはなかったんだ』


 弟は大宮の口車にうまいこと乗せられたってわけか。俺が弟の話した内容にじっと目を通していれば、すべてを読み終わる前に、大宮が口を挟んできた。


『俺があの女を足止めしておけば、その間に兄さんの仲間を正気に戻してくれるって。そうしたら、兄さんは、昔みたいにおれへ笑いかけてくれるかもしれない……』

「こーらこら。わたしだけを悪者にするなんて、許さないぞー!弟くんとわたしは、ソラくんのことが大好きなんだ~。大好きな人を守るためには、ぶっ潰したい相手が一致したから、手を取り合っただけ~。どっちが悪いとかないよ~。どっちも悪いってことにして貰わなくちゃ」

「──ろ、──ざい」

「ソラくんの耳が聞き取りづらいからって、そうやってさり気なくわたしを下げるのやめたらいいのに~。ソラくんの耳は、わたしの声だけは拾えるんだよ!わたしがお話すれば、性格悪いの、バレちゃうぞっ」


 大宮と弟が無言で見つめ合い、睨み合う。俺を奪い合うための睨み合いだとしても、弟の方が俺より何十倍も魅力的な男だと知っている俺は、大宮を取られやしないかと不安で仕方ない。

 これみよがしに引き寄せいちゃつくのはどうかと思った俺は、存在を主張する為に握る手へ力を込めた。


「ソラくん……っ。さりげなーく握る手に力を込めてくれるその優しさ!大好き~っ!」

「意味わかんねぇよ」

『兄さんはどうして、こんな女を好きになったの?』


 弟に聞かれた俺は、大宮がいる前で好きになった理由をもう一度説明するのが小っ恥ずかしくて、これ君の最終回を見ろと誘導した。

 俺の抱く思いと告白は、ある程度編集された状態で数週間後には世に出るだろう。

 弟は俺の口から面と向かって聞きたかったようだが、俺の口から直接聞くことは、どうにか諦めてくれたみたいだった。


「大宮、三馬鹿の様子はどうだった?」

「いい感じに、洗脳はしておいたよ~?メールをこまめにやり取りすれば、完璧な恋奴隷になってくれるはず!」

「ハルは……馬鹿女を誘惑とか、しなくていいからな」

『おれだって、兄さんの力になりたいよ』

「余計なことするんじゃねぇよ。今だって、大宮が勝手に動いてるせいでわけわかんねぇのに……」

「わけわかんなくないよー!わたしの目標は、ソラくんに仇なすものをやっつけること!安心してね、ソラくん。わたしが悪女を、ギッタギタのボッコボコにして、再起不能にしてみせるから!」

「スキャンダルになるようなことだけは、すんなよ」

「はぁ~い!」


 馬鹿女に三馬鹿が誘惑されたせいで、king deceptionは解散一直線だ。

 俺たちの間にはすっかり信頼関係が失われてしまっているし、ファンたちの動揺も大きい。彼氏彼女持ちの現役アイドルなんざ聞いたことねぇし、遅かれ早かれ俺はアイドルをやめるつもりだった。


「なぁ。お前らに一つ、聞いてもいいか?」

「もっちろん!なんでも聞いていーよ!」


 大宮と弟は、俺に何でも聞いてくれと期待を込めた眼差しで見つめてくる。そんな、大した用でもねぇのにな……。


「お前らのお陰で、馬鹿女を追い出せたとするだろ」

「うん」

「その場合、俺は大宮と交際したまま、アイドルとして今まで通り活動することになるよな。それって、世間的に許されるようなことか?」


 俺の疑問に、大宮と弟は面食らった様子で顔を見合わせた。

 なんだよ、その反応は。俺が変な質問をしたみたいじゃねぇか。


「周りの目なんて気にせず、ソラくんがしたいようにすればいいんだよ~。アイドル、続けたい?」

「俺はアイドル、向いてねぇし。やめるつもりだったからな。お前らが馬鹿女を追い出そうと頑張ってくれてるのは、アイドルを続けて欲しいからに見えて……なんつーか。馬鹿女がいなくなった後、どうしたらいいのかは、よくわかってねぇんだ……」

『俺は、兄さんが選ぶべきだと思う。兄さんが決めたことに、文句は言わないし、言わせない』

「やだぁー。弟くん、こわーい」


 大宮が弟を茶化せば、弟は彼女をギロリと恐ろしい眼光で睨みつけた。

 こいつらは極力一緒にするべきじゃないと判断した俺は、馬鹿女がいなくなった後のking deceptionと世間の反応を見て、今後のことを考えると決めた。


「馬鹿女のこと、どうやって追い出すんだ?」

「はいはーい。わたし、提案があるの!これ君スタッフと、週刊文冬に協力して貰ったら、あとは……ふふーん!」


 笑い方が気持ち悪いと弟に指摘された大宮がむくれ、言い合いを始める二人の姿を見た俺は、グダグダ考えているのが馬鹿らしくなった。


 ほんっと、馬鹿みてぇだわ……。


 悩んでいるのも、ストレスを抱え込んでいるのも。蓋を開けてみれば、大したことじゃなかった。弟や大宮、水都とプロデューサー。周りの奴らに恵まれている俺は、一人じゃなかったのだ。手を伸ばして助けてくれと懇願すれば、俺だけの世界は簡単に変化する。


「泣かないで、ソラくん。もう少しだから、一緒にがんばろ~?」

「ああ……」


 俺は悲しくもねぇのに流れる涙を手で拭い、大宮と弟へ笑いかけた。

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