初めての出会いを思い出して
大宮へ番組を通じて告白したら、正式に交際することになった。それも、結婚を前提とした交際だ。
18になれば交際はできるけど、俺たちは学生服を着た高校生だ。親の庇護下にあるし、本来であれば生活していけるだけの金銭を稼げない。俺は売れないアイドル、大宮は国民的アイドルグループの一員だから、収入を合算すれば2人で生活しているだけの金はありそうだけどさ……。
女のアイドルはホスト遊びにハマっているか、ブランドバッグを買い漁っているイメージしかない。いざ同棲って話になったら、借金で首が回らない状態……なんてことに、ならなきゃいいけどな。
大宮の場合は貢くんならぬ恋奴隷とやらがいるみたいだから、大宮がそいつらにお願いすれば、欲しいものはなんでも手に入るはずだ。恋に盲目な男を騙し続けているのなら、嫌でも貯金は貯まっていそうだけどな……。その辺りは、聞いてみないことにはよくわかんねぇ。
でもさ、そういう話は……責任が取れる年齢になってからしねぇか?
『お前の貯金額、いくら?』
俺は軽々しく大宮へ貯金額を聞く自分を想像して、気分が悪くなった。自分が大宮に聞かれたら絶対答えたくない質問など、するべきではないだろう。
俺は大宮へ貯金額を聞くよりも先に、聞かなければならない大切な事がある。番組スタッフが撤収作業を行う間、俺は大宮へ問いかけようとした。
「大宮。いい加減──」
「ソラくん、覚えてる?私達、これ君の共演者として顔を合わせたのが、初めてじゃないんだよ」
大宮は俺に三馬鹿と代わる代わるデートしていた件を説明したくないのか、話を逸らしてきた。一体何の話だ。俺たちの出会い?
まったく心当たりがないせいで、間抜けズラを晒しちまったじゃねぇか。
「やっぱり。覚えてないんだ~」
考えていることがすぐ顔に出るせいで、大宮には俺の考えていることなど筒抜けだ。言葉にしなくとも伝わるのは、いいんだか悪いんだか……。馬鹿にされているようで、ムッとする。
「大宮みたいな破天荒なやつと出会ったら、絶対忘れねぇよ」
「あの時はわたし、猫かぶってたからねぇ~。ソラくんが同一視できないのも、無理はないかも~?」
「猫?全然違ったのか?」
「違うよ~。敬語だったし、あの時はまだ、アイドルとしてデビューしてなかったからねぇ。テレビには、出てたけどね?虹花もいたのに、ソラくんはわたしのことだけを、見ていてくれた……」
七色虹花と一緒に居たなんて話をされた所で、俺は彼女のことにそれほど興味を抱けない。国民的アイドル?
誰もが七色虹花に目を奪われる?
興味ねぇわ……。
「七色虹花と一緒にいるってことは……1年位前か」
「ぴんぽんぽんぽーん。だいせいかーい!」
一年前は、馬鹿女がいない。平和で、人生の絶頂期を迎えていた時のことだ。夢は武道館だと、地下からやっと地上に上がってきて、みんなで馬鹿やってた頃。今となっては思い出したくねぇ、俺の黒歴史。
当時のことを思い出せば、今と比較して辛くなる。俺は当時の思い出に鍵を掛けて心の奥底へしまい込み、思い出さないようにしていた。
黒歴史の中に、大宮と初めて出会った時の記憶が隠されているのなら、いつかは思い出さなきゃならねぇんだろうな。
あの頃は、キラキラ輝いていた。
毎日が楽しくて、何でもできるような気すら、していたくらいだ。馬鹿女さえいなければ、俺たちは……。
「……ソラくん。辛いなら、思い出さなくてもいーよ?わたしが覚えてるもん」
「いや……」
「いじわるしちゃったかな。ごめんね。わたしとソラくんが初めて出会ったのは、これ君じゃないってことだけを、知ってほしかっただけなの。ソラくんを苦しめるつもりは……」
「……どんな話を、してたんだ」
「むむ~?」
「思い出したくもねぇことまで思い出すから、辛くなるんだよ。大宮とはじめて会った時の会話。お前の口から聞いたら……苦しまずに思い出せるような、気がする」
俺が言い淀んで視線を外せば、大宮はパッと表情を明るく変化させ、俺の手を握りしめた。
そんなに喜ぶようなことかよ。俺との出会いなんざ、どうせくだらねぇ出会いに決まっている。
俺は大宮の声を聞き漏らさないように、繋いだ手のぬくもりを感じながらぼんやりとスタッフが忙しなく走り回る姿を見つめた。
「ん~。印象に残っているのは……。そうだなぁ~。挨拶したあと、おすすめのCDを聞いたの。ソラくんからアルバム1枚とシングルCDを4枚勧められてループしたら、1万近くも使うなんてどうかしてるって、ドン引きされたよ~」
CD5枚……1万……。七色虹花と一緒で、敬語の女……。
俺はぼんやりと、ある出来事を思い出す。500人収容可能な中規模ステージで、客入りは300人程度。あいつらと一緒に、最高のパフォーマンスを披露した日に――俺の下へやってきたファンのことを。
『今日は一人で来たのか?』
『あっちに、友達を待たせてまーす』
『6分近く待っていてくれるなんざ、優しい友人だな。大事にしろよ?』
『わたしは虹花よりも、ソラくんと出会えた縁を大切にしたいです!』
『……変わってんな』
『あはは。よく言われまーす!』
初めて俺たちのパフォーマンスを見に来たと告げた女は、一目散に俺の所までやってきたかと思えば、俺の薦めたCDをすべて購入して戻ってきた。俺には太いファンがいねぇから、複数枚特典券を同時に出す奴は珍しくて、よく覚えている。
『気に入った曲があったら、また顔出してくれたら嬉しいけどさ。あんま無理すんなよ』
『そうですねぇ~。機会があれば。でもでも、特典会に参加しなくとも、ソラくんのことはずっと応援し続けます!』
『サンキュー。じゃ、また。お前の顔、覚えたから』
『今度会った時は久しぶりって、挨拶してくださいね~っ。わたし、待ってます』
『おう。またな』
俺に特典券を複数枚出ししてきた少女が、別の現場にやってくることはなかった。まぁ、そうだよな。何度も現れて、そう都合よく俺を推してくれるはずもない。
初めて出会った現場から、5回目まではちゃんと覚えていた。
6回目から期待することを辞め、10回目からは彼女の存在を忘れた振りをして……乗り切ってきたつもりだったんだけどな。
気持ちが弱ると、思い出す声は……大宮だけど、大宮じゃなかったってことか。
「……大宮の声だけ、はっきり聞き取れるのは……」
「思い出してくれた~?」
「見て見ぬふりをしていただけで、忘れたことはねぇよ。俺はあの時大宮が、1万円握りしめて笑いかけてくれた時からずっと。お前のこと……大切な存在として認識してた」
「ソラくん……っ!」
大宮はわーきゃーと悲鳴を上げながら喜んでいた。そんなに喜ぶようなことかよ。
俺はずっと自分の心を守るために、特典会にやってきた少女のことを、考えないようにしていたのにさ……。
俺は、最低で、最悪な男だ。
こんな俺を大宮が好きでいてくれているなんて、相当恵まれているとしか思えなかった。
「あの日、わたしとソラくんの胸へ、恋の種が埋め込まれたんだねぇ~」
「そうかもな」
「恋の花はね、枯れないんだよ~!ずっと、咲き続けるの。わたしたちが互いを愛し続ける限り!」
「……なぁ、大宮」
「はいはーい。なぁに?」
「大宮は……」
大宮はどうして俺を選んだのか。聞こうとした所で、思ってもみない所から邪魔が入った。息を切らした弟が、公園に飛びこんできたからだ。
「に──さん!」
俺は思わず目を見開いた。普段であればまったく声が聞こえない、弟の低い声が微かに聞こえてきたからだ。
「──ね、─い─さ──ろ」
「やだぁ~。弟くん、怖ぁい」
「馬鹿女はどうした」
「突き──追い──よ」
「突き飛ばして、追い出したって~」
「……めん、おれは……」
間違いない。途切れ途切れだけど、弟の声が聞こえる。俺の声も。大宮と結ばれたお陰で、ストレスが軽減されたのか?
耳障りで仕方ねぇな……。
「心配で、追いかけて来たのかよ」
「……うん」
「馬鹿じゃねぇの。俺のことが心配なら、馬鹿女を連れ込むんじゃねぇよ」
「……めんね、──さん」
「悪いと思ってんなら、説明しろ。どうしてああなったのか。大宮も、逃げんなよ」
「はぁーい。じゃあ、落ち着いて話ができる所に行ってみよー!わたし、いいお店を知ってるんだぁ~」
大宮は俺と手を繋いだまま、撤収作業を終えたスタッフに頭を下げる。弟の姿を確認したスタッフが弟を芸能界に誘ったものの、弟はその誘いに乗ることはなかった。
不安定だな……。
低い声が一切聞こえなかったのに、途切れ途切れ聞こえるようになった。精神的なもんなら仕方ねぇけど、肉体的な面が理由なら……補聴器とかでカバーすれば、もっと聞き取りやすくなるんじゃねぇの?
明日は病院だな……。
俺が意識を飛ばしていれば、耳が聞こえないと思い込んでいる弟は、携帯電話の画面へ打ち込んだ文字を見せた。花恋は弟が何を伝えようとしているのか気になるようで、画面を覗き込んでいる。
『兄さん、スマホは?見なくていいの?』
「何々?弟くん、ソラくんになんて伝えたの?」
「スマ──いいのか」
「なるほど~。あのね、必要ないんだよ。ソラくんは、わたしの声だけが聞こえるから。わたしはソラくんに選ばれし、運命の女神なんだ~」
「冗談は──よ」
弟が大宮を、睨みつけた。
ブラコンの弟と俺の……彼女になった大宮は、相性が悪いようだ。俺がぼんやりと目的地に向かって歩いている間に、ごちゃごちゃと言い争っている。
その争いは恐ろしく低レベルで、大宮が静かに話のできる場所として指定した所に着いた時には、どっちが俺に相応しい人間かとくだらない話をするまでになっていた。
なんでだよ……。